壬生狼と過ごした2217日
□ある男との再会
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「君は……」
突然の再会に、思わず開いた口が塞がらなかった。
この時の私の顔はものすごく不細工だっただろうと自信を持って言える。
もはや当たり前となった毎朝の高杉さんの突撃に備え、いつものように早起きして待ち構えていたところ…
いつも聞こえるダダダダ…!という足音の前に、音もなくスッと襖が開いた。
今度こそ幽霊かと思い、驚いてそちらを振り返ればそこには見たことのある顔。
ぞくりとするような綺麗な笑顔。そしてイケメンっぷりを忘れるはずがない。
やはり彼は長州の人だった。
「広戸、さん……」
「……ええと…君は確か由香さん、だったかな?」
「はい。お久しぶりです」
向けられた笑顔が殺気を含んだ作り物であると鈍い私でもすぐわかる。
広戸さんは静かに襖を閉めた。
ピリピリとした張りつめた空気が部屋中を包む。
「…楠が……どうもお世話になりました」
ニコリと笑った広戸さんの冷たい笑顔に思わず背筋が凍り付いた。
これは…
斬られるかもしれない
部屋の張りつめた空気がパチンと弾けた気がしたその瞬間――
広戸さんの後ろの襖が、スパン!!と勢いよく開いた。
「小五郎!!」
聞き慣れた高杉さんの声で緊張の糸が切れたのか、私はヘタリとその場に座り込んだ。
もし高杉さんが来なかったら、私は絶対に斬り捨てられていただろう。
この男の殺気は迷いのないものだったもの。
「おい、由香!!大丈夫か!?」
「大丈夫、です。少し驚いただけで」
「…晋作。これはいったいどういうことだい?なぜ新選組のお嬢さんがここにいる?そもそも晋作。なぜお前が京にいるんだ」
先程となんら変わりない笑顔を浮かべたまま、広戸さんは高杉さんに詰め寄った。
すげー殺気だ。なんだこの男。こいつは味方にもこんな笑顔を向けるのか。
さすがの高杉さんも「はは…、いや、これには色々理由があってだな…」なんて、腰が引けまくっている。
このやり取りを見る限り、二人の力関係はまるわかりだ。
つーか、破天荒高杉さんをここまでビビらせる広戸さんは一体何者なんだろう。ただの間者ではないことは確かだ。
「きちんと説明してくれるかい?総督殿」
目の奥が全然笑っていない桂さんに、高杉さんは愛想笑いを浮かべながら事の顛末を話し出した。
***
「御倉、荒木田、楠の三名が斬られました!」
そう報告を受け、こちらに捜査の手が及ぶ前にと私はすぐさま長州へと下京した。
しかし下京した先で耳にした「晋作がまた脱藩した」との話。
慌てて戻ってきてみれば、門番が口を滑らせた「カシラが新しい妾を連れてきた」との言葉。
…この長州動乱の時期に、頼みの晋作はいったい何を考えているんだ!
どうせ妾と朝寝でもしているのだろうと藩士から聞き出した部屋に来てみれば、そこにはなんと新選組近藤の遠縁にあたるお嬢さんの姿。
さすがの私も想像の斜め上をいくこの事態に驚きを隠せなかった。
そしてそれは彼女も同じようだった。
「広戸、さん……」
声が震えていた。
仇討ちは好まないし、するつもりもなかった。私にそんな義理はないからだ。
だが、少々やりすぎたか。わずかばかりの殺気を放ったつもりだったが、彼女はそれをしっかりと感じ取ってしまったようだ。
晋作が張りつめた空気を断ち切ってくれて正直ありがたかったかな。
…あのままだと私はあとに引けなくなっていたかもしれないからね。
彼女から注がれる痛いくらいの視線を感じながら、私は晋作の慌てふためきながらの言い訳に耳を傾けたのだった。
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