壬生狼と過ごした2217日
□クソっくらえ!
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「あれ…?眠れないんですか?」
銀色の世界へと姿を変えた中庭を一望できる縁側で一人。ちびりちびりと盃を傾けていれば、暗闇の中、背中に小さな声が投げ掛けられた。
この声はきっと…そう思って振り向けばそこにはやはりニッコリと笑った総司くんの姿。その手には私と同じく徳利とお猪口が握られている。
コクンと小さく頷けば「奇遇だなぁ。僕も眠れないから雪見酒でもしようと思って」と、男は私の隣に腰を下ろした。
早々に布団に入るも、なんだか眠れなかった。
それはきっと山南さんが怪我をした…その事実が私をそうさせたんだろう。
今夜はものすげー寒さだけど、なんだかその冷たい夜風に当たりながら酒が呑みたい。
こんな時だからこそ酒が呑みたい。
そんな気分だった私は一人、縁側へと出てきた。
縁側から見える部屋はすべて幹部の部屋。そのほとんどの部屋は深夜だというのにまだ行灯の灯りがついている。きっと皆も眠れないんだろう。
雪明かりと障子に映えた行灯の灯りが綺麗。
そんなことを考えていた私は不謹慎だな。そう思った。
「お酌、してあげるよ」
「ありがとうございます。じゃあ僕も」
お互いのお猪口に酒を注ぎ、二人同時にそれを煽る。
物音一つしない静かなその世界に自分の喉が鳴る音だけが内から耳に届いた。
朝……
山南さんの一報を聞き、皆で立ち尽くしていたところに夜中からの巡察を終えた一番隊と三番隊が帰ってきた。
「どうしたんですか、皆さん暗い顔で」
そう陽気に問う総司くんに「総司、あのな…」と源さんが山南さんの事実を告げれば、彼は「…そうですか」と一言だけ口にし、音もなくその場をあとにした。
「…総司は山南さんとよく手合わせしていたからな」という左之さんの言葉がなんだか耳に残ったのだけれど…
山南さんが二度と刀を握れなくなったという事実を、剣が恋人と言い切る彼はどう思ったのだろうか。
「…しかし京の冬は冷えますね」
「……そうだね」
「大坂もこれくらい雪が降っているんでしょうか」
男は再び小雪が舞い始めた空を仰ぐ。それに連られるように空を仰げば、漆黒の闇の間からハラハラと舞い落ちる白い雪に目を奪われた。
その雪の一片が力なく盃の中に落ち、瞬時に溶け込む。その一連の様子を目で追えば、なんだか小さな溜め息が口をついた。
「山南さんの」
男は小さな掠れた声を漏らす。
泣いているのかと思わせるほどのその弱々しい声は、舞い降りる白銀のそれにスッと溶け込んだ。
「山南さんの剣はとても綺麗なんです。道場剣法のお手本みたいに」
「………」
「なかにはそれを馬鹿にする人もいた。そんな道場剣法が実戦に使えるのかって。でもね、あの人の剣はね、溜め息が出てしまうほど綺麗で強かった。強かったんですよ……」
「総司、くん……」
本当に泣いているのかと思った。
それほどまでに彼の言葉は弱々しかったから。
かける言葉が見つからなかった。
彼の視線は言葉とは裏腹に真っ直ぐに前を見つめていたから。
その後…
彼が山南さんのことを口にすることはなかった。
ニッコリと笑顔を浮かべ、くだらない戯れ言を言う。
それはいつもの総司くんの姿だったけど、なんだか無理矢理演じているように見えた。いや、きっと演じていたのだろう。だって彼は一度も私を見なかったもの。
男の揺れる瞳に気付かないふりをして、私達は東の空が明るくなるまで盃をかわしながらたわいない話を続けたのであった。
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