壬生狼と過ごした2217日
□味噌田楽と君
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「いてぇぇぇ!!いてぇっつってんだろうがァ!!」
「離せよ、こん畜生がァ!!」
すでに暗闇に包まれ始めた屯所内に、冬の静かな風情には似つかわしくない声が響きわたった。
ん?なんだなんだ?こんな遅くに。
歳さんは今夜、明け方まで巡察だから下半身は中休み。だからこれからある人と味噌田楽を肴にゆったりのんびりお話でもしようとしているのに。
くそ、うるせぇ…と思いつつも、男どもの罵声に野次馬根性を掻き立てられ、私は味噌田楽が乗ったお盆を持ちながらワイワイと騒がしい中庭をこっそりと覗いた。
「てめぇらうるせぇぞ!!この酔っ払いが!!これ以上、武州の恥を晒すんじゃねぇよ!」
…あれま、見苦しい。
ペタンと座りこんでいる二人の浪士に怒鳴っているのは新八さん。その浪士どもの腕を持ち上げ、周りを囲んでいるのが二番隊の皆。
浪士どもがぐでんぐでんしている様子を見ると、どうやら酔っ払っているようだ。
現代でも見慣れた光景。こういう類いはいつの時代でも変わらないのね。なんて。
終電の中では特に酷かったなぁ。駅員さんも大変だっただろうに。かくいう私も経験者だったり。あ、もちろん起こされていた方ですけどねえへへ。
「うるっせぇんだよぉ!ほっとけクソが!」
「てめっ…!今なんつった!?」
「クソっつったんだよクソがァ!」
「よぉーし、てめぇら刀抜け!!二人まとめて叩き斬ってやらァ!!!」
「な、永倉さん!!落ち着いてください!!」
浪士どもの呂律のまわらない罵声に今にも刀を抜いて斬りかかろうとする新八さん。そしてそれを必死で止めようとする二番隊の隊士たち。
まぁまぁ、血の気が多い隊長を持つと本当、大変だわね。
…なんて他人事のようにウンウン頷いていれば、縁側の奥に人影が見えた。
あ…、あれは……
「…山南さん?」
「おや、由香さん」
こんばんは。とニッコリ笑顔を浮かべたその人影はこれから部屋にお邪魔しようとしていた山南さん。
左腕に巻かれた包帯が、着物の袖口からチラリと見えた。
「…起きていて大丈夫なんですか?」
「ええ。近頃は調子がいいので。それにこの騒ぎじゃ落ち着いて寝てなんかいられませんよ」
「あはは…確かに」
山南さんの話によると、どうやらあの浪士二人は武州といって近藤さんや歳さんらと同じ出身地らしい。
なんでも酔い潰れて二人仲良く市中にぶっ倒れているところを、新八さん達二番隊に保護され屯所まで連れてこられたとのことだった。
浪士どもが目を覚ました今は、せっかく京を堪能している最中だったのに水を差しやがって!と、訳のわからない理由でブチキレてるみたいだけどね。
山南さんは「酒もほどほどにしないとね」なんて、私を見てニッコリ笑ったんだけれど、あれ?それってもしかして私にも言ってるのかなぁ…なんて。
「で、ですよね〜!」とヘラリと笑うことしかできなかった私を横目に、山南さんは心底可笑しそうに笑ったのだった。
「それより由香さんはこんなところで何してるんですか?」
山南さんの視線は私が持っている味噌田楽に向けられた。
ああ、そうだ、そうだった。ちょっと忘れかけてたよ。
「実は山南さんの部屋を訪ねようと思ってたんです」
「私の?」
「はい。一緒に、と思って。味噌田楽、お好きでしょう?」
以前、酒の肴にと屯所で味噌田楽を作ったところ、「好きなんです、これ」と沢山食べてくれた山南さん。美味しそうに頬張る姿がなんだか可愛らしくてすごく印象に残ったのだ。
「あたたかいうちに」と笑えば、山南さんは少し驚き、照れたように「ありがとうございます」と笑ったのだった。
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