壬生狼と過ごした2217日
□真実は記憶の奥底に
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私の記憶に、静寂かつ冷酷な殺気を刻み付けたこの男の声を忘れるはずがない。
もう会うことはないと思っていたのに、まさか三度(みたび)顔を合わせることになるなんて。
その驚きは目の前のこの男も同じだったようで。
スッとした切れ長の目に驚愕の色が窺えた。
「…これはこれは。新選組のお嬢さん」
「……お久しぶり、です……桂さん」
小さく頭を下げた私にチラリと視線を落とした桂さんは、わざと、なのだろうか。店の入口をガラリと閉め、そのまま私の逃げ道を塞ぐかのようにその場に立ち尽くした。
「…どうして君がここに?」
「以前、高杉はんに連れられて来てくれはったことがあったんどす。今日は近くに用事があったようで、わざわざご挨拶に」
私の様子が変わったことに桝屋さんが気付いたのだろう。ピリピリとした雰囲気を壊すかのように、柔らかい口調で桂さんの問いに答えてくれる。
けれど…ふと宿った桂さんの殺気に、場の雰囲気は悪くなるばかりだ。
とゆーか。
この二人も知り合い…なんだろうな。この感じからすると。桝屋さんは高杉さんの友達であるのと同時に長州贔屓。そうと来れば、桂さんとも知り合いと考えるのが自然の流れだろう。
新選組に敵意を持つ二人と、新選組女中の肩書きを持つ私。
なんとも言えない居心地の悪さに、一秒でも早くここを離れろと本能が警笛を鳴らす。
だけど…意に反して私の足は地に根を這ったように動かない。そして視線は男の殺気が混ざった眼差しに奪われたままだ。
どうし、よう…
早く、早く帰らなくちゃ。
「あの、私、もう帰らなくちゃ…」
「ならば途中までお送りしよう。そのかわり…少し付き合ってくれるかな?」
有無を言わせないその強い口調に、嫌ですなんて言える余地はなく。
小さく頷いた私は桂さんとともに桝屋さんをあとにしたのだった。
***
一体どこに行くのだろうか。
そう思いながらもスタスタと歩いていくその背中に付いていく。
思いきり走れば逃げられるかもしれない。でももし捕まったら…きっと私はその場でなんの躊躇もなく斬り捨てられる。間違いなく。
桂さんはイケメンだ。イケメンだけれどその綺麗な顔に私は恐怖感しかなかった。
冷酷で、義理なんて言葉はない。人の命をまるでコマのように扱う。
下手すりゃ芹沢さんなんかより、歳さんなんかより、誰よりも鬼なんじゃないかって。
だから私はこの男がただただ怖かった。
「入ろうか」
「え…!?ここって…」
そんな男に連れられてきたのはなんと茶屋。現代でいうラブホのようなところだった。
付き合ってくれって…なに!?なんで?そういうこと、だったの!?
さすがに浮気はできない。というか、こんな男とヤリたくない。
ここはちょっと。
声を振り絞り、若干きつめの声で断りをいれれば、男は呆れたようにため息をついた。
「こっちだって君とそんな関係になる気はさらさらない。誰もいないところで話がしたいだけだ」
早くしろ。そう言わんばかりの勢いで「心外だな」と怪訝そうに呟くと桂さんはさっさと茶屋の入口をくぐっていった。
……ええと。
なんか激しく恥ずかしいんですけど。
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