壬生狼と過ごした2217日

□幕開けを告げる足音
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廊下が微かに軋む音で目が覚めた。東の空がほんの少し明るみを帯びている中、その気配は段々と近付いてくる。きっとあの人だろう。

ああ…いよいよ来たか……

そしてそれは予想通り、僕の部屋の前で足を止めた。


「…総司。起きてるか」

「はい」

「緊急召集だ。すぐ広間に来い」

「わかりました」


手短に返事すれば、その気配はまだ暗闇が隣り合わせの世界の中に足早に消えて行った。
まったく…こんな朝早くからあんなにも殺気に満ちた気配を振り撒かれたんじゃ寝たふりも出来やしない。
朝から鬼の副長があんな感じだなんて、ついにその時が来たんだろう。

あ〜あ…せっかくの非番。お悠さんを誘って祇園祭の宵々山に行こうと思っていたのに。どうやらその予定は叶いそうにない。楽しみにしていたのにな。

布団を這い出し、部屋の障子を少し開ければ少しじっとりとした風が部屋の中に流れ込んだ。
外はまだ、月の光が支配している。

今日はきっと…長い一日になるだろうなぁ……

僕は苦笑いを溢すと、ふぅ…とため息をつきながら衣紋掛けの羽織に腕を伸ばしたのであった。





***




広間の襖を開ければ、そこには僕以外の関係者はすでに集まっていた。
「総司、遅いぞ」と歳三さんに小言を言われたが、僕は小さく口角を上げながら肩をすくめ、なに食わぬ顔ではじめくんの隣に腰を下ろした。
チラリと見たはじめくんは一見、普通に見えるがすでに血が疼くのか、殺気に似た何かを感じる。

まったくこの人は…

クスリと笑いを溢せば、「なんだ」と言わんばかりに向けられるはじめくんの"それ"。
おお、怖い怖い。


「…揃ったな。では山崎、頼む」

「は。では…結論から言って、桝屋は今回の件で何かしらの鍵を握っていることは間違いないと見られます」


そう言った山崎くんは薬の行商人の姿をしている。
彼はここ数日。予想もしなかった形で新選組にもたらせられた情報を元に、薬の行商人として桝屋をはじめ、その他近隣の店、市内の宿屋を探索していたのだ。
そしてその彼がすでにこの屯所に帰ってきたということは、何かしらの確信を得た情報を手に入れたということ。
やはり事態は今日動くと言って間違いないだろう。

そもそも…、事の発端は数日前。
僕達が大坂から帰ってきたまさにその道中のことだった。


「近藤くん!近藤くんじゃないか!!」

「岸淵さん!」


誰もが避けて通る僕達新選組の列に嬉々と話しかけてきた二本差しのその男。
よく見れば、その人は水戸藩士の岸淵兵助さんだった。彼は江戸詰めのお役時代、近藤さんの人柄を慕ってよく試衛館に遊びに来ていた人物。だから僕はもちろん、試衛館の面々は面識がある。軽輩だけど腕は立つ人で人柄も穏やかでとてもいい人だ。
突然現れたその懐かしい顔に、近藤さんだけでなく歳三さんや新八さんなども顔を綻ばせた。もちろん僕もその一人。
だが当の岸淵さんからは予想もしなかった言葉が飛び出してきた。


「河原町の桝屋?知っているもなにもわが新選組が贔屓にしている店だよ」

「その桝屋、実は攘夷浪士の大物らしいぞ」

「なんだって!?」


本名古高俊太郎。彼等は南の大風が吹く日に市中に火を放ち、御所に押し入りそのまま天皇を誘拐。そして一気に倒幕の兵をおこそうと計画している…と。


「信じられん…」

「ああ、俺も最初はそう思ったさ。だが俺のようにどっち付かずの奴等の中じゃもっぱらの噂だ」


過激な天狗党や根強い佐幕派、両方が揃う水戸藩において、重職に付いていない岸淵さんのような人には案外双方の動向がよくわかるそうだ。
かといって確信があるわけでもない。単なる噂だと岸淵さんは笑っていたが、近藤さん以下僕達は眉を潜めた。
以前捕縛した男の長州人潜伏の話。そして京の街中に微かに流れる不穏な空気。
これは案外、探ってみる価値はあるかもしれない。

そう思ったのは僕だけじゃなかったようで、屯所へと無事に着いたその足で歳三さんは監察方に何やら命じ、山崎くん以下監察方は京の街中に姿を消した。
そして今に至るわけだ。




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