壬生狼と過ごした2217日
□最期へのカウントダウン
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「おう、遅かったな!!先に始めてるぞ!」
俺達が角屋に着いた頃には、近藤さんらを含めた芹沢一派はすでに宴会を始めていた。
芹沢は陽気に遊女を抱え盃を傾けている。片手にはいつものあの鉄扇が握られ、愉快そうに笑っていた。
今夜自分が殺られることも知らずに…
随分ご機嫌なもんだぜ…
「芹沢先生。楽しんでいらっしゃるようで何よりです」
「今宵は会津侯直々のおもてなしだからな!そりゃ酒も進むって話だ!」
「クスッ…じゃあさっそく僕も」
こういう時意外にもしっかり役者を演じるのは総司だ。
ニッコリと笑みを浮かべると、芹沢の下座に腰を下ろし「ほら、歳三さんも突っ立ってないで」なんて言いやがった。
チッ…余計なことを…
俺が不機嫌そうな顔で席につけば、総司の奴から痛いくらいの視線が突き刺さる。
「………」
「………」
「さ、ぁ、二人とも飲んだらどうだ!」
無言で交わされる俺と総司の視線にどうやら近藤さんが焦っちまったようで、すかさず盃を手に渡された。
……
………
『トシ、いいか。今日だけはなんとしても芹沢先生の機嫌を損ねてくれるな』
…近藤さんが角屋に向かう前。
念を押すように何度も何度もそう言われた。
心配性の近藤さんのことだ。芹沢と馬が合わない俺が奴のカンに障るようなことを言って喧嘩になっちまうとでも思ってるんだろう。
だが俺もそこまで馬鹿じゃねぇ。
必ずやこの計画を成功させ…
今夜限りで芹沢を消してくれよう。
「芹沢さん、どうぞ」
「ん…?お前さんがお酌してくれるなんて珍しいな」
「たまには俺だってやりますよ」
「こりゃ明日は槍が降るんじゃないか!」
芹沢はそう言って笑いながらもこちらに盃を差し出す。
ふと視線が交わるが奴は俺をしかと見据え、その瞳はわずかながらも鋭さを保っていてた。
…ゴクリ……
その瞳の中の獣に思わず生唾を飲み込んだ。
正直…
俺の剣の腕はコイツには敵わねぇ。
―――殺れるだろうか…
わずかに俺の胸中に不安が過ぎる。
だが、なんとしてでもやらなきゃならねぇ。
壬生浪士組のために。
近藤さんのために。
そして自分自身の武士としての誠のために―…
「おい、もういいぞ」
芹沢の言葉にハッと我に返れば、目の前の盃にはなみなみと溢れんばかりの酒が注がれていた。
「あっ…と、すみません」
「よいよい。さぁ、お前さんにも」
「歳三さんには僕がお酌しましょう。下の者が上の者にお酌するのは当たり前ですから。ね、歳三さん。ささ、芹沢さんもググっと飲んじゃってください」
芹沢が目の前の徳利を取るより早く、総司が他の徳利を今にも俺の盃に注ごうと傾け、芹沢には盃を傾けさせた。
「…わりィな」
ふと…、以前近藤さんに教えられた武士の間では広く知れ渡っている話を思い出した。
気心知らねぇ相手と酒を飲む時には必ず酌をしろと。
相手がどんな手練れだろうが、刀を抜く前は必ず心の動揺が手に現れる。
なみなみと酒を注がれれば、指先が震えて酒が零れる。
だから指先と盃を見るのだと。
芹沢がその話を知っていても不思議ではない。
だからいつもはされても決してし返すことのねぇ酌を俺にしようとしたんじゃねぇか。
だとしたら総司の機転は有り難かった。
…俺の指先は微かに震えていたからだ。
これは武者震いなのか、芹沢への恐怖なのか。
俺は酒の注がれた盃を一気に傾けたのであった。
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