壬生狼と過ごした2217日

□己が道を信じて進め
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「由香!!!」


池田屋の外に出ればそこには血相を変えた平助が待ち構えていた。
その表情を見る限り、これはもしかしなくても怒っていらっしゃるのだろう。血が滲んだ包帯を額に巻くその姿は、いつもの穏やかな平助を消し去っていた。
が、しかし歳さんに背負われた総司くんの姿を見た瞬間、それは焦りの顔へと豹変する。


「総司…か!?おい、総司!!」

「平助!大丈夫だ!」


覚束ない足取りで駆け寄ってくる平助を落ち着かせるように、歳さんは静かにそう一言告げ、総司くんを降ろしそっと横たわらせ、私に真っ直ぐな視線を向けた。


「由香。おめぇは総司を頼む」

「わかりました!任せてください!」

「それと…説教は帰ってからだ」

「う…せ、説教、ですか…」

「あたりめぇだ!!…これ羽織っておけ!!」


歳さんはそう言って浅葱色の羽織を脱ぐと、それを私に向かって乱暴に投げつけてきた。
思わず「ぶっ!」なんて間抜けな声を溢したが男はそんなの関係ねぇ!とばかりに私をもう一睨みし「これ以上肝を冷やさせんじゃねぇよ!」と一喝した。

…歳さんは気付いたんだろう。私の浴衣がバッサリとやられているのを。咄嗟に隠したつもりではいたが、なんせ相手はこれでもかっていうくらい目時とい男。隠すだけ無駄だった。
だからかもしれない。さっきの歳さんの怒鳴り声が焦っていたのは。
…なんて自意識過剰なこと言うとゲンコツくらうから言えないけどぐふふふ。



「ご武運を!」


すでに走り出していたその背中に投げ掛ける。
僅かに振り返った男は不敵な笑みを浮かべると、突風の如く池田屋の中にその姿を消した。

…歳さんは大丈夫。
あの男のことだ。戦場の中を戦い抜き、いつもと変わらぬスカした顔で戻ってくるに違いない。
だから私は私に出来ることを。
あの男に託された総司くんの手当てをしなくちゃ。

力なく横たわる総司くんの傍にしゃがみこみ、その真っ白な額にそっと手を添えれば平助が心配そうな顔を覗かせた。


「…どうしたんだ?総司は…」

「たぶん暑さにやられたんだと思う。早く身体を冷やして水分補給を…」


とは言ったものの、まさかこの時代に塩分入りの経口補水液なんてあるわけがない。あの有名なタイムスリップドラマの主人公の医者のように、経口補水液を私が作れるはずもない。
ならば今の私にできることは、この熱の籠った身体を冷やしてあげることだ。早くしなきゃ。熱中症だって処置が遅れれば命取りになる。

救急箱という名の風呂敷を漁り、タオルと小さな桶を取り出す。近くに川があったはず。そこで水を汲んできてタオルを濡らそう。
そう思って立ち上がると、それを押し退けるようすぐ隣でゆらりと影が立ち上がった。


「なら俺、川で水汲んでくるわ!」


そう叫んだ平助は私の返事も聞かず走り始めた。
ハッとした私は慌ててそれを追いかけその足取りを止めるように羽織を掴む。


「平助、平助待って!」

「ん?どうした?」

「ありがとう!でも怪我人にそんなことさせられない」


平助はそこに座って休んでて。そう言ってその手を引けば今度は逆に私の腕が力強く掴まれた。驚いて顔を見上げれば、眉間に皺を寄せた平助が唇を小さく震わせながら口を開いた。


「俺は……池田屋の中で何もしてねェ…何の役にもたってねェ……。それどころか仲間に助けられてばっかりだった」

「………」


そんなことない。現に怪我を負ってしまうほど必死で剣を振るったんでしょう?そんな言葉が喉元まで出たが思わずそれを飲み込んだ。
だってその言葉が掠れていたことに気付いてしまったから。


「だから頼む、今度こそ俺に仲間を助けさせてくれ!」


そして、そう懇願する平助は今にも泣いてしまうんじゃないかというくらい顔を歪ませた。
…こんな平助を見たのは初めてかもしれない。
きっと彼は池田屋の中で命を賭けて剣を振るったはずだ。けれどその戦いの中で、彼自身、何か納得がいかなかったことがあったのかもしれない。じゃなければ不本意にも怪我を負わされた平助がこんな表情を見せるわけがない。
だったら…


「わかった。ありがとう平助」

「…!じゃあ俺は水を…」

「待って!水は私が汲んでくる。そのかわり、平助は総司くんの袴を緩めて汗を拭いてあげて!」


やっぱり怪我人の平助を川まで行かせるわけにはいかない。ならば平助には総司くんの傍にいてもらって介抱してもらおう。今の状態ではこれがベストな答えだと思うから。

そう言って平助の手にタオルを握らせれば、彼は私の目を真っ直ぐに見据え、大きく頷いた。


「平助!総司くんをよろしくね!!」

「任せろ!気をつけていけよ!!」


小さな桶を持って走り出した私の背を、平助の力強い声が追い掛けてくる。
大丈夫。平助は役立たずなんかじゃない。
仲間を助けたい。
その気持ちは私も平助も。そして新選組の皆も一緒だから…!

川へと向かう私の足取りはより一層軽やかで。そして力強いものになったのであった。



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