壬生狼と過ごした2217日
□その男「も」破天荒につき
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キュッと口紅を引き、今一度鏡を覗き混む。心なしか緊張を持ったその頬にピシャリと気合いを叩き込んだ。
「うし!!」
歳さんにはちょっと気分転換に市中をぶらつきたいと嘘をつき、勘ぐる総司くんにはお土産にお団子買ってくるねと嘘をつき、そして今、一歩踏み出したのには訳がある。
なに食わぬ顔をして屯所を出発し、早足で目的の場所へと向かう。
そこは屯所からそう遠くない。けれどもそこに行ったところで何か意味があるのか。そして行ったところで何が変わるかもわからない。いや、きっと何も変わらない。
情があったのかもしれない。偽善なのかもしれない。けれど一目会って話をしたかった。会えないかもしれない。会えたところで何も話すことはない。拒否をされるかもしれない。わかっていた。わかっていたけど会って話をしたい。
その思いだけで私はある場所へと足を進めた。
*
「ここ、かな?」
とある大屋敷の前で足を止めた。門前には厳ついお兄さんが眉間に皺を寄せ、ちらりと視線を交あわせる。
…うん、たぶんここ。総司くんに昔書いてもらった市中の地図に『二条城六角獄舎』との文字があるもの。
…会いに来た。桝屋さん、ううん、古高俊太郎という長州の裏方に。
何も話すことはない。
けれど知っておきたかった。私の知ってる桝屋さんではない、長州の大罪人と呼ばれた古高俊太郎のことを。
「…あの、すみません」
「なんだ」
ちらりと私を一瞥した門前の男。なんちゅー迫力だ。けれどこの迫力に負けてはならない。
「ここに古高俊太郎という人がいると聞きました」
「…それで?」
「少しでもいいんです。その人に会えないでしょうか?」
「無理だ」
「そこをなんとかお願いします」
「………」
食い下がるもしつこく懇願すれば、男は少しの間を置き静かに手をこちらに差し出した。
ん?なに?なんだ?
まさかお手々繋いでこちらにどうぞってわけではないだろうに。
その差し出された手を見据え、頭をフル回転させる。
…もしかして。もしかしてこれはアレか?アレなんだろうか?
「賄賂、ってことですか?」
私の問いかけに答えることなく、男は今一度力を入れたようにその手をこちらに向けた。
なんちゅー想定外。賄賂なんて用意してるわけがない。いや、それよりもこの時代は賄賂を渡せば罪人と易々面会ができるというのか。
男の行動に少々面食らってしまった。
でも無いもんは逆立ちしても無い。私の懐には総司くん対策のじゃり銭しかないっつーの。
「あの…」
「無いのか」
「お団子代くらいなら…」
えへ、などと若干ぶりっこスマイルを浮かべ申し訳なさそうにそう答えれば、男は論外とも言わんばかりの表情を浮かべ手を引っ込めたかと思うと、私なんて眼中にないかのように前をむいた。
「駄目ですか?」
「………」
「あの」
「奉行を呼ぶぞ」
くっ…!それは困る。そんなことされたら間違いなく歳さんの耳に入っちゃうもの。ここは素直に引き下がるしかないのか…
よし、こうなったら……!
駄目もとで上目遣いをしながら着物の裾をちらりと捲ってみる。が、男は嘲笑にも似た笑いを溢し、今度こそ奉行を呼びそうな微妙なラインを見せたので、私には打つ手なくその場を後にするしかなかったのである。
しかし嘲笑されるとは。ちょっと傷付いたようん。
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