「成田さん、この前の資料、お願いします」
社内でもダントツな業績と人気を誇るエリート社員、谷澤さんから不意に呼びつけられ、私は周りの視線を浴びながら席を立った。
谷澤さんは仕事が出来る上に外見も近隣の会社でも1・2を争うほどのイイ男で、課内はもちろん社内でも物凄い人気がある。
彼が私を呼んだのに含むところは全くない。
ただ、一緒のプロジェクトチームに属しているだけ。
それは誰もが知っている事実なのだが………
誰にでも敬語を使い、スマートでインテリ感醸し出す仕事中の彼が、いつにも増して素敵だというだけで、彼の近くに行ける人間を皆が羨ましく、疎ましく感じているだけ。
「谷澤さん、これですけど…ここに置いて行きますね」
私は居心地の悪さにそそくさと彼のデスク脇を離れる。
「あぁ、ありがとうございます」
資料から顔も上げずに私に礼を言うと、目も向けずに置かれた資料に手を伸ばす。
私が席に着くと、周りの痛いほどの視線はスッキリと消え失せた。
『いい加減にしてよ…私だって好きでプロジェクト組んでるわけじゃないっての…』
頭と心の中で愚痴るも、自然と口から溜息が漏れた。
「ドンマイ、成田。アタシもこの間まで谷澤と組んでたから、痛かったよ〜視線」
隣の席の瑞穂先輩がひそやかに声を掛けてくれた。
瑞穂先輩はもう既婚者で、旦那様命!な人だから、何も心配が要らないわけで…
私は、眉を顰め歯を剥き出しにして、えらく不細工な顔を作って答えた。
「あーもーマジ最悪ですよ〜。そんなに気になるならみんなお茶運んだりして谷澤さんの近くに張り付いてたらいいのに!! 早くプロジェクト終わらないかなぁ〜」
その余りの不細工な顔に瑞穂先輩は声を殺して爆笑しながら、『あと少しの辛抱よ!! その顔作れる気合があるならなんてこたーない!!!』と言った。
2人でくすくす笑い合っていると、またも谷澤さんからのお呼び出しが…
「成田さん! すみませんが、先週の会議の打ち合わせ書が抜けているようですが…手元にありますか?」
私はまたも冷たく陰険な視線に晒され、心底疲れ果てた1日を過ごしたのだった。