短編V

□流水
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もしも人間やソルジャーというものが機械仕掛けで、幾重にも重ねられた鉄板や留め具で完成しているのだとすれば、この小娘は確実に頭の螺子が一つ二つ失われているに違いない。
そう確信した。


『来たよ』


頭に直接響くような声。無論直接響いているわけではない。良く通ると言う意味であることは言うまでもないが、しかし混沌と緑の入り乱れる空間の中で微睡みの最中に居た私にとって、この声はとても心地の良いものだとは言えなかった。

誰だ。

ライフストリームの流れに乗って時折不快な囁き声等が耳に入ることは有る。それも別に稀な話ではなく、命を失ったばかりでエネルギー体の内に完全に溶けきっていない亡霊とは数日に一度程度の確率で遭遇していた。といってもこれは体感時間の話であり、更にここでの活動をほぼ眠ることに費やしている私の体内時計など塵芥ほどの役にも立たないが。

そんなことはどうだって良い。奇妙なのは、今回の呻き声がこれまで聞いてきたどんな声よりも明確且つ目的を持った声音であることだった。私に対して『話し掛ける』という意思の有る口調。更に何処かで聞いたことが有るような抑揚に首を傾げる。

――何だ、お前は。

何処の誰とも知れない通りすがりの亡霊の為に閉じた目を開くのは億劫で、しかしこの何とも言えない妙な感覚に抗うことが出来ず態勢はそのままに問う。すると声は、何故か僅かな怒気を帯びてこう答えた。


「ひっどーい!忘れるなんて」

「……?」


忘れる?

……そうか、知り合いのうちの誰かだったか。これは失礼した。顔を知った仲であると言うならば、その死について社交辞令程度になら憐れんでやらないこともない。災難だったな。今の私に社交性云々を求められているのかは、甚だ疑問ではあるが。そこまで考えてはたと思考を止める。
誰だこいつは。
私にとって知り合いと言える人間など限られているが、この声に一致する人物の該当件数はゼロに等しかった。記憶に無い知り合いなど知り合いとは言わない。それらは赤の他人と称しても差し支えないだろう。相手をするまでもない。しかし、それにしては引っ掛かる物言いをする声の主の顔が気にならないと言えば嘘になった。
私に対して、酷い、と言ったか。
どんな奴だ。
顔を上げて姿を確認すれば、そこには意外な人物が立っていた。


「お前は、」

「私、エアリス」

「……ほう」


なるほど。
首を動かすだけの労力は無駄にはならなかった。
目前で前屈みになり、座っている私に語り掛けていたのは以前私が驚異と見なした古代種の末裔であった。道理で声に聞き覚えが無いはずだ。コピーを介して目に留めたことこそ有ったが意思疏通をした記憶は希薄。直接関わったことなど一度たりとも無かった。声など覚えていなくても不思議は無い。


「こんな場所にまで現れるとはな」

「ふふ。お陰さまで」


皮肉を吐いたつもりだったがカウンターを喰らったことに少し意表を突かれる。大人しそうに見えて存外口は達者であるらしい。
中々面白い。
そして同時に、気に入らない。


「酷いと言うのなら、それは貴様も同じことだろう」


ライフストリームでは得ることの出来なかった情報を入手するため、コピーを使い屋敷に残された文献を漁ったことが有る。その際目にした文章によれば、この娘の父親の名は、昔私が敬愛して止まなかった男の名と一致していた。それはニブルヘイムを焼き討つ以前に私が読み逃した、紛れもないその男本人の筆で記されたものだ。ジェノバや古代種についての思い込みは有れど己の作った家族のことまで勘違いすることはまず無いだろう。つまりこの娘は私を捨てたガスト博士の実の娘であり、それだけで私が憎悪を抱く対象としては充分な存在になり得るはずだ。本人が真実を知っているのかどうかは定かではないが。それもこちらの視点では些細な問題と言える。

第一あの男は父ではなかった。
私の父は――頭に浮かべ掛けて、込み上げた吐き気という危機信号の下直ぐさま抹消させる。思い出す価値も無い。私の親はジェノバ一人で充分だ。
そもそもこの過去を淡々と回想することが可能な時点で、私にとっては然して重要な問題ではないということは明らかだ。実にくだらない。

それにしてもこの娘、情報をそのまま受け取るならば私の義妹になっていた可能性が有るのか。元々有りもしない話だったが、因果が違っていれば或いは。中々興味深い巡り合わせだ。


「私が、酷い?」

「命を落として尚、私に立ちはだかるつもりなのだろう。努力は認めるが、酷いと言わざるしてどう表現する」

「もう。人のこと、言えないでしょ」

「……私は死んでなど居ないさ。まだ、な」

「なにそれ。ばっかみたい」


子供のように笑う仕種が不快感を産み出した。

もう良い。飽きた。

久々の来客も相手がこれでは退屈極まりない。追い返そうと正宗を取り出し――てみたものの、しかし良く良く考えてみればこの死人に物理的な攻撃は通用しないことに気が付いた。舌打ちする。先までの会話から娘が帰れと言って素直に帰る性格ではないことは既に理解していた。
面倒な奴に捕まった。
嘆かざるを得ない。


「遠路遥々やって来て何の用だ」


再び正宗を手放し、問い掛ける。こいつがいずれ私の邪魔をする者だとして、今の状態では何をすることも不可能だ。当時あれだけ恐れていたこの種族もいざこうして干渉してみれば恐るるに足りない只の娘。そしてそれは復活を待ち望む私の方も全く同じ条件だった。現状互いに遭遇したところで出来ることなど何も無い。それでも敢えて接触を図ったと言うのならば、やはり相応の目的が有って足を運んだと考えるのが妥当だろう。

しかし。


「別に。話、したいだけ」

「話?」

「そう。話したいこと、有るから」


『お前達に話して置きたいことが有る』

別に嫌な予感がしたわけではないが気が付けば条件反射で身体が身構えていた。アイツが苛立ちを孕んだ声で改めて俺達を呼び出すときは、大抵、二時間近くに渡って夢だの誇りだのと既に知り尽くした内容を渾々と諭し続ける法則。聴いているこちらが疲れるような話を幾度も幾度も、何故飽きもせずに説くことができるのか。同じく呼び出された俺以外のもう一人など既に寝息を立てている状態にも関わらず、叩き起こして語り続ける精神力には感心したものだ。

古代種は私のすぐ右隣に腰掛け、相変わらずへらへらと笑っていた。距離を開けるでもなく、当たり前のように。……確かに今の私は人畜無害な死に損ないに相違無いが、嘗て己を殺した男を目の前にして、もう少し警戒心というものを持って良いような気がしないでもない。


「……説教なら間に合っているぞ」

「ね、セフィロス。私、楽しい話したいな」

「……はぁ」


もしも人間やソルジャーというものが機械仕掛けで、幾重にも重ねられた鉄板や留め具で完成しているのだとすれば、この小娘は確実に頭の螺子が一つ二つ失われているに違いない。
そう確信した。

全くもっておかしな娘だ。俺に限らず誰にだって理解し難い存在なのだろう。意味がわからなかった。
楽しい話だと。
何を話すことが有ると言うのか。古代種というものは種だけでなく人格まで異質なのか、または単純にこの娘が一般の人間に比べて変わり種と言える存在なのか。前者に関しては他の古代種と接した経験がないので何とも言えないが、後者に関しては先に述べた通り、頭の螺子が云々という意見に直接的に繋がる。
こいつは異質だ。
この世界の何よりも。

……俺よりも。


「私とセフィロスで、共通の話題、ね。うーん……ザックス、とか?」

「……」

「うん。じゃあ、ザックスのこと、話そ」

「断る」


話したいとも思わない。決して愉快な話ではない。
面白い男だとは思っていたが。
しかしその男は俺が葬ったも同然だ。


「ね、神羅でのザックス、どんなだったの?」

「聞こえなかったのなら教えてやろう。断る。お前と話す気はない」

「そんなこと言わない。私、知りたいな」

「……帰れ。消えろ」

「お願い」

「……」

「お願い」










流水



「――来たよ」


また、来客が有った。
今度は見慣れた衣装を纏った男を連れて。



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