雑貨小説

□ただ願うより、叶えましょう。
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「獄寺さん、それ、紙飛行機です」

「ゔ……る、せェ」


7月5日、とある天体イベントの二日前というギリギリの日付けに、一応恋人と銘打つ二人の男女が一つ屋根の下でしていることと言えば。
色めいた雰囲気など皆無な、地味な作業。

ハルは嘆息した。

エロティックなものが駄目だという中学の頃の苦手は、まあ人並み程度に克服したので、大学生という年齢になってようやく出来た人生初の彼氏という存在に夢を見ているのは事実。とはいえ、別にそれほど濃厚な何かを期待しているわけでもないのだが、それでもこの『彼氏の家』という状況で甘やかな雰囲気といったものがまるで無いのは、不満といえば不満だ。
しかしである。


「んだよ、人の家ジロジロ見て」

「いえ……マフィアの方のお家って、もっとデストロイな感じだと思ってました」


『獄寺さん』の、家。
客観的に、最もわかりやすく表現すると、『マフィアの隠れ家』。
スモーキン・ボムが拠り所にしている、自らの命を隠すためのマンション。私物のデザインに異様に拘る獄寺の部屋である割に、必要なもの以外殆ど装飾がなく殺風景なのは、ここが使い捨ての住処だからであろう。

白蘭の魔の手から守られた未来ではボンゴレファミリーアジトの日本支部が存在せず、沢田綱吉を守るべく日本に在住する獄寺の住所も、必然的にフリーの殺し屋時代宜しく転々とすることになる。山本や笹川兄のように民間人上がりのマフィアとは訳が違い、また雲雀恭弥のように襲撃されてからでも対処が間に合うほどに最強でもなく、更に六道骸のように幻を操る術も持ち合わせず、ランボのように沢田家に直接住まうこともできない彼は、常に居場所を特定されないよう目立たない場所に居を構えたり、別荘に居座ったりと忙しない生活を強いられる。

そんな獄寺のあらゆる意味で危険な家で何をしているのかというと、それはその手の危険とは全く無縁にも程がある『折り紙』なのである。


「……住処に火薬は置かねーよ。何かの拍子に着火して、全弾誤爆なんて事態になったら冗談じゃ済まねえ」


その『如何にも現実で有り得なくもなさげな絵空事』をリアルに想像してしまいながら、ハルは込み上げる焦燥を誤魔化すように苦笑した。

さて。

現在二人でちまちまと折り紙を切ったり折ったり広げたりしながら色気の欠片もない会話を展開している理由は、一重に、今日がとある天体イベントの前々日であるからだ。
日本では有名な織姫と彦星による約束の日。
七夕のイベントのため、獄寺の母校である並盛中学校へ、教育実習生として再び通うことになっている獄寺本人と、その彼女であるハルが手伝いとして指定された数の装飾品を製作しているところだ。

そう。

獄寺隼人という殺し屋は、表向きの安定した職を確立するため、中学教師を目指している。
断じて『何だかんだで尊敬していなくもない師匠』であるDr.シャマルの真似事をしているわけではなく、まあ、獄寺なりに思うところが有っての決断なのだが、それはまた別の話だ。
因みにハルの方は彼より一足先に専門学校を卒業して、無事自宅から徒歩圏内の施設で保母さんとして働いている。収入はまあまあ。


「天体関連の本で読んだんだけどな」


不意に、ちまちまと無心に手を動かしながら紙飛行機を量産している獄寺が口を開いた。


「ベガとアルタイルに願いが届くまで、光速で届けてもそれぞれ25年と16年掛かるそうだ」

「はひっ!もう、獄寺さん現実的過ぎます!子供達のイベントなんですから、もっと夢の有ることを話してください!ウィーアードリーマーズっ!ですっ!」

「っせーな!わかってる!……そうじゃなくてよ」


何故か手が馴染んでいるように、七夕のイベントにも関わらず気を抜けば紙飛行機を製作しては完成品の箱に積んでいく、といった作業を繰り返す獄寺は、そこで一旦手を止めて、一息吐きながら天井を仰いだ。掛けていた眼鏡を外し、煙草を取り出し掛けてストップする。
ハルの前で煙草を吸うことには抵抗が有るわけではなく、またハルがそれを許さないわけでもないのだが、今は中学生の教室に持ち込むものを製作中だ。完成した飾り付けに煙の匂いが移ってはいけないので、喫煙は自重しておいた方が良いだろう。

自分のようなヘビースモーカーが、中学生という若々しい段階で生まれても困る。獄寺のように殺しの為に覚えた悪業ではないのだから、一般的な少年少女には当たり前の、普通の良識を持ち合わせた人間になって貰いたいものだ。
只でさえ並中は、風紀委員が未だにアレと関わっているのだから、危機回避の意味も含めて。

頭で今の教え子たちのことを考えながらも、彼は再びハルを見やる。
まあ、ハルのことだ。
獄寺が、またいらない何かにうだうだと悩んでいることくらいは勘付いているのかもしれなかった。

その証拠に……一瞬で口を閉ざし、真っ直ぐに獄寺を伺っている。
彼は続けた。


「なんつーか……今見てる星の光が地球に届くまでにそんだけ掛かるんなら、ひょっとしたらベガもアルタイルも、16年前だの25年前だのに、既に消えてるかもしれないってこったろ」

「……?」


それは、そうだ。
もし、今この地上に降り注ぐベガからの光が途絶えたら、それはベガが今より16年前に光を失っていたことを示す。天文学は詳しくないけれど、それくらいは高校課程で既に終業済みだから、常識としてハルの頭にも備わっている。
突然その話題を振ってきた獄寺の真意……というよりは、話の全貌な窺えなくてハルは困惑した。星の距離と、消えているかもしれない仮定の真実と、獄寺の悩み事と、どう関連しているのか。

いつかビアンキから、聞いた。
本人の口からも聞いた。
彼の悩みは、いつでも家族のことであると。

……。

星。
彼の、母親。


「俺の母親が死んだとき、シャマルのヤローは『死人は星になる』なんて言って、子供にも分かりやすく誤魔化した」

「……獄寺さん」

「だが、その星もいつかは死ぬ。或いは、もう死んでるかもしれねぇ。……俺らが見てる星は、実は死んだ光の残像だったら……俺はいつまで死者にしがみ付いていれば良いんだろうな、ってよ」

「……」

「光の残像が消えるまで、か」


やり場を失ったような彼の視線は、正面に座るハルを素通りして下を向く。
そのときに、
ハルの中で、何かが音を立てて壊れたのは、言うまでもなかった。

プツンと切れる糸。
激昂を通り越して、何故か溢れ出す涙を隠そうと、彼女自身も獄寺に倣って下を向いた。



「……今です」

「あ?」

「残像なんていつ消えるかわかりません!今、手離してください!だって今は、ハルが居ますからっ!」

「……」

「忘れるわけじゃないんです。でも、大切に覚えていることと、引き摺ることとは別問題です!今を進んでください!ハルじゃ駄目なら、ツナさんだって、ビアンキさんだって居ますからねっ」



その荊がどれほどの拘束力を持っていたとしても、全て順を追って裁って行けば良い。しかしそれは彼を束縛するものが幾重にも重なって雁字搦めになっている場合の話だ。
時が解決するとは良く言ったもので、あれから随分と長く掛かったが――しかし、ハルには見えていた。
全て理解など出来ていなくても、現状がどれほどのものかを見極めることくらいは出来るのだ。









ただ願うより、叶えましょう。



「アホ女」

「んな!って……はひ!?」

「お前で駄目なわけねーだろ」


獄寺に施された精神の拘束は、最早それほど強靭ではない。



→アトガキ
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