他文
□Necktie.A&A
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「青峰、ネクタイ結べるんやな」
全く練習に参加しようとしていない制服姿の青峰を認めて、桐皇高校バスケットボール部主将・今吉が唐突に言った。
「はぁ?」
「見るからに不器用やろ、自分」
「よく言われる」
だらしなくやんわりと結ばれたネクタイに一瞬目をやって、青峰は身を翻した。
「今日も休みか?」
「おーう」
適当に手を振った青峰の後ろ姿に、今吉は溜息を溢したのだった。
帝光中バスケ部に所属して失ったもの。それは数えきれない。
だが、その日々の中で得たものだって少なくはない。
中学で培った―――いや、開花した、か。もしくは開花させられた、か。そのバスケットボールの才能のおかげで、勉強など全くしない彼は今高校に通えている。そして、キセキの世代の天才としての名を未だに欲しいままにしている。
「だりー」
キセキの世代、の呼び名は誇りであるがゆえに重い。プライドの類いでもあるが、それに見合う行動そして結果を求められるのだから。
主将やシューターは割と生活態度も真面目であったが、エース青峰は真面目と対極で生きていた。
己の影にはよくたしなめられたものだが、彼が居なくなってからはそれもない。幼馴染みでマネージャーの言うことは昔から受け入れる気が無かったし今も同じだ。
屋上で寝るか、帰るか。一瞬迷って、久々に街に出ることに決めた。
本屋なんかにふらりと立ち入って、雑誌の最新号が並ぶコーナーに行ってみる。水着姿のグラビアアイドルが表紙を飾る雑誌より先に月刊のバスケットボール雑誌に手を伸ばしかけ、やめた。
同じ高校生の特集が組まれていたとしても、自分と張り合えるプレーヤーがいるはずない。
そう思って立ち去りかけた青峰の視界の端、そこに幸か不幸かあの学校の名前を見た。
それから僅か二十分後、溜息を吐きたい気分と一緒に本屋を出る。実際自動ドアをくぐる瞬間に吐いたのだが、ほぼ無意識的にである。結局その雑誌に彼の知り合いの名はあったものの、詳しい現状などは記載されていなかった。記してある以上のことを、自分はちゃんと知っていた。
今吉の言葉とその学校名のおかげで、綺麗なような苦いような過去を思い出した。