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□青いリボン
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「狛枝クン、髪伸びたよね」



十神に投げつけられた多分どうでもいい資料を真剣に分別していると、向かいに居る苗木に声をかけられた。
希望の象徴である彼はどんな返答を望んでいるのか。自分のようなゴミクズが考えてもわかるわけが無いので「そうかな」と当たり障りの無い相槌を返す。ゴミクズと二人きり、という空気に耐えられずに出された話だろうと思っていたが、意外にも苗木は掘り下げてきた。



「うん、伸びたよ。あれからもう半年も経つもの」

「半年……もう、そうなるんだね」



自分にとっては希望のためのコロシアイ……プログラムから目覚め、江ノ島盾子の左手を切り落としてからもう半年。未来機関の仕事という名の雑用を任されてからもう半年。あの時のことを考えると頭がぼんやりしてよくわからない気分になる。
そんな中、また苗木に声をかけられた。



「切らないの?」



短い一言ではあったが、狛枝はそれに強い意味が込められていることを知っていた。
元から自分の容姿にこだわりが無く、周囲に不快感を与えない必要最低限の整容しかしていなかった。それに加え目覚めてから一人で動けるようになるまで時間がかかり、且つ片手を喪って髪まで手入れが行き届かなかった。
そんな時、彼が……日向が、狛枝の髪を結ってくれた。



「ただゴムで結うだけじゃ味気ないからな……うん、やっぱり。青も似合うじゃないか」



江ノ島の爪は、真っ赤なネイルが施されていた。
それを打ち消すように……という意味で彼がくれたのかは判らないが、真っ青なリボンできゅ、と髪を一本に結わえてくれたのだ。
それからは毎朝彼が部屋まで来て、髪を結ってくれるようになった。

……自分なんかが苗木の心中を図るのはおこがましいとも思うが、きっと彼はこのことに不快感を抱いている。
「日向に髪を結ってもらっている」
ということが、彼にとってはどうしようもなく嫌なのだろう。彼と、自分の気持ちも……これは当たって欲しくないけれど、多分同じだろうから。



「切らないよ」



にっこり、彼と同じように笑みを作ると「そっか」と小さく笑って作業に戻った。
日向は、忙しい。
生真面目で勤勉な彼はあっという間に未来機関の一員となり無くてはならない存在にまでなった。
誰からも好かれ、信頼される。そんな彼の一日は光の速さで過ぎていくのだろう。
その中に自分の髪を結う時間が組み込まれていることが、何より嬉しかった。



(譲るつもりは無いよ)



絶対に。
そんな意味とささやかな牽制を込めて、真っ青なリボンをしゃらりと揺らした。




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