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□無償のアイ
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朝、五時。
狛枝の朝は早い。
目覚ましなどセットせずとも自然と起床する様は、職業病と言ってもいいだろう。
手早くシャワーを浴び、歯を磨いていつものパーカーを羽織る。
今日も、一日が始まる―――――。

非常灯の明かりを頼りに歩き慣れた道を静かに進んで、目的の部屋の前へ到着した。ソニアお手製の人物画が各部屋のドアに掛けられている……日向創の部屋の前、だ。
ポケットからちゃり、と鍵を取り出して迷いなく解錠する。誤解しないでいただきたいが、これはあくまでスペアキーであり日向の鍵を盗むなど下劣な真似はしていない。
……但し、このスペアキーの出所は企業秘密である。
そっと部屋へ入り、ゆっくり主が休むベッドへと近づいた。
几帳面な彼らしく仰向けに姿勢正しく眠っている。



(ああああ可愛いよ日向クン可愛い可愛い可愛いキスしたいしたいなあああ好き好き抱かれたい)



アドレナリンを垂れ流しながら枕元の時計を確認して、そっと日向の頬に触れる。



「日向クンおはよう、六時だよ」

「……ん、ん……こまえだ?」



ゆっくりと覚醒していく彼を見つめながら頬を擦ると、その手に日向の手が重ねられて「おはよう」と微笑まれた。



(はあっ……!もうダメだそろそろ隕石の十や二十ガンガン降ってきてもおかしくないよ!日向クンに触れられるだなんてこんな幸運の次はどんな不運がやってくるのか……考えただけでゾクゾクするなあ!)

「じゃあシャワー浴びてくるから、ちょっと待っててくれ」

「うん、ごゆっくり」



日向が浴びるシャワーの音を聞きながら、今しがた日向が横になっていたシーツに顔を埋めるのが狛枝の至福の時だった。





「おはよう、みんな」



日向が挨拶するとすでに食堂に集まっている面々が笑顔で返事を返し、次に顔をしかめる。これも毎朝の光景だ。
なぜか、と問われれば理由は明快。
狛枝が日向の左腕に絡み付いているからである。
初めの頃は当然意味がわからない、狛枝の笑顔が気持ち悪い絶対何か企んでる日向が危ない!と左右田や小泉達が騒ぎ立てたが
「それは違うぞ。狛枝は俺が朝が苦手だって知って起こしに来てくれてるんだ。狛枝は……左手が無いから上手くバランスが取れない時があるみたいで、手を貸してるんだよ」
なんて笑顔で論破してくるものだから、絶対何か間違っていると思っても誰も反論できなかった。

それから狛枝を席に座らせ、二人分の朝食を持って日向が隣の席に座る。
さすがに「あーん」は始まらなかったが終始狛枝の視線は日向に向けられていて、パンのカスがぼろぼろと床にこぼれ落ちた。



「それじゃあ行ってくる」

「…………どうしても行っちゃうの?ボクを置いていくの?……寂しいよ日向クン」

「馬鹿。夜にはまた会えるだろうが……怪我するなよ。行ってきます」

「ん……いってらっしゃい」



朝食後、日向のネクタイを片手で器用に結び直しながらしょんぼりとする狛枝の頭を軽く撫でて食堂を後にする日向。
未来機関の一員としてバリバリ仕事をこなす日向に対して、狛枝は片手が無いし日向が居なければやる気も無いし日向が居たら居たでべったりくっついて離れないので、ちょっとした資料の整理や掃除が主だった。



(早く帰ってこないかなぁ……)



日向のことを考えながら適当にモップをくるくるさせて掃除を開始した。





夜、十一時。
食堂で一人、狛枝はラップのかかった二人分の食事をぼんやり見つめながら座っていた。
仕事が忙しいのか、普段は遅くても九時には帰ってくる日向の姿はまだ無い。
べつに腹は空かない。
ただただ、日向に会いたかった。



(日向クンに会ったら今日は何してたのか聞かなくちゃ。日向クンが何をしてるのか知りたい。声が聞きたい。日向クン……日向クン……)



日向のことを考えるだけで胸が暖かくなって、幸せな気持ちになれた。
ああ、まだかなぁ……





心地いい浮遊感でなんとなく意識が覚醒してきて、ひんやりとした背中の刺激に目を開けた。



「……っと、やっぱり冷たかったよな。ごめん」

「……ひ、なた、クン?」

「ん。遅くなってごめん。飯食うか?」

「……んーん、いい」



どうやらここは自分の部屋のようで、日向が連れてきてベッドへ寝かせてくれたらしい。日向を待っているうちに眠ってしまって、少しだけ悔しい。だってもう日向は部屋へ帰ってしまうだろうし、話が全くできなかったから。
案の定ぽんぽんと狛枝の頭を撫でた日向は「おやすみ」と立ち去ろうとした。
まって、待っていかないで……!
覚醒しきれていない腕をどうにか動かして日向のシャツの裾を掴んだ。
ぴたり、と動きが止まったあと小さく笑う声が聞こえて



「お前に起こしてもらえないと困るから、もう寝ろ。……頼りにしてるんだからな」



優しく布団を首までかけられて、今度こそ日向は行ってしまった。



(たよりにしてる)



日向クンが、ボクを?
たより、頼りに……!

興奮して寝付けない己を何度も叱咤し、強制的に意識を遮断した。
だってだって、頼られてるんですもの。

こうして狛枝の一日は終わり、また始まる。
世界でただ一人の、愛しい人のために。





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