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□奇跡が生まれた日
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一月一日。
お正月。
年末ごろごろしすぎていたら食料が尽きてしまい、創クンと物凄い人だかりのスーパーへと雪崩れ込んだ。
いつもはカートを押してあれもそれもと目移りしながらゆっくり行くんだけど、今日はそうはいかない。
「うわ、わ、」
次から次へと流れる人の波に上手く乗ることが出来ず、慌てて創クンの姿を探す。さっきまで隣に居たはずの姿が見えなくてきょろきょろと首を振ると、ぱしっと腕を掴まれた。
創クン、だ。
「悪いカゴ取りに行ってた……にしても予想以上だな。大丈夫か?」
「う、うん……わあっ!す、すみません……っと、あう、わ」
「どこが大丈夫なんだよ……ほら、行くぞ」
「えっ、は、創クン!?」
ボクの腕を掴んでいた創クンの手はさっとボクの手に移動して、人混みの中に連れていってくれた。
うそ、ちょっと、手!繋いだままなんだけど!
一人で焦っていても繋がれた手は止まることなく先へと進んで行く。
「凪斗、何食べたい?」
たくさんの人の声の中でも、創クンの声だけはすぐにわかる。「凪斗」って呼ばれると胸のあたりがくすぐったくて、あったかくなる。……何年も一緒に居るのに、毎日毎日、ずっとこうなんだ。
「……あれがいいな。えびの入った野菜炒め」
「おお、意外に和風なリクエストだな。お前のことだからグラタンとかハンバーグとか言うかと思ってた」
「それも好きだけど、年末だらけすぎちゃったから重いものは胃が受け付けなくてね……」
「うわ、ジジくさ」
「は、創クンだって同い年じゃないか!……やっぱりドリアがいい。おっきいハンバーグ乗ってるやつ」
「ええー面倒くさいな。胃が受け付けないんじゃなかったのかよ」
「たまにはいいんだよ。ほら、ひき肉コーナーいこ!」
「はいはい」
繋いだ手に怒りの意味でちょっとだけ力をこめたのに、何を勘違いしたんだか創クンは優しく微笑んでさらに強く握り返してきた。……ばかじゃないの、という精一杯の反論は身体中が熱くなった熱を冷ますのに精一杯で返すことができなかった。
余裕を持って二つ準備していたエコバッグは両方パンパンになって、一つずつ持ってスーパーを出た。
「レジもすごい人だったねぇ」
「だな。来年は年明け前に計画的に行くか」
来年、来年。
創クンにとってはきっと何気ない一言だったんだろうけど、ボクにとってそれは奇跡としか言い様の無いものだった。ボクの「幸運」のせいで大切だと思った人も物も、絶対に最後はなくなってしまう。不運と幸運を繰り返して繰り返して、死ぬまで繰り返してみっともなく独りで生きて行くのだろうと思っていた。
―――――二十年前の、あの日までは。
『それは違うぞ!』
「……んふふふふ」
「……お前……オカシイ奴だとは思ってたけど、とうとう本格的にきたか」
「酷いなぁ。……随分大人しくなっちゃってさ」
「は?何の話だよ」
「教えてあげなーい」
目を閉じれば制服姿のあどけなさの残る彼が、絶望の闇に囚われているボクを力ずくで引きあげて「俺がお前を助ける」と希望をくれる。
目を開ければあれから少し背が伸びてボクより高くなってしまった大人びた彼が、幸運の後に訪れる不運に怯えるボクを優しく抱きしめて「不運が追いつかないくらい幸せにしてやるよ」なんて恥ずかしい台詞をしれっと言ってくれる。
(……幸せだなぁ)
大きな怪我も病気もせず、創クンは今日もボクの隣を歩いてくれる。
それがどんなに幸せで、あり得ないことなのか。
創クンはきっと知らない。
「……ねえ創クン。誕生日おめでとう」
「ん、ありがとう。今朝も聞いたけどな……ベッドの中で」
「や、やめてよもう!……ねえ創クン」
「なんだよ。あ、袋重いか?」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
ボクはちゃんと知ってるんだよ。
創クンのエコバッグには牛乳とか油とか重いものばかり詰まってること。ボクのにはお菓子の小箱や小さな野菜とか軽いものばかり詰まってること。
(幸せ、だな)
幸せだと思うことが怖くない、奇跡をありがとう。
二十年前に一度だけ会った創クンのお母さんに、目を閉じて心から感謝した。
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