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□中編
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「ゔ……んん……」



目覚めは最悪だった。
涙が乾いてまつげに貼り付いて痛いし目は開けられないし、喉がカラカラで頭も痛い。



(おふろ、はいらなきゃ)



明日は落とせない単位の講義があるし、日向クンにも会えるし綺麗にしなきゃ……



(―――――って違う!ボクは怒ってるんだから!)



日向クンなんか関係ない、ただお風呂に入りたいから入るんだ!
だるい体になんとか力を入れて立つことができた。
そういえば、今は何時だろう。窓の外は真っ暗だから夜には違いないけど、正確な時間が知りたい。



(そうだ、携帯)



暗闇の中適当に手を這わせると、しっくりくる感触を捕まえた。
指でなぞるとぼんやり光って―――――



「え……」



画面を見て、まず驚いた。
「着信31件」の主は全て日向クンで、しかもメールも物凄い数が来ている。
どうしようかと思う間も無く指は受信ボックスへと滑っていった。そこには短いものから長いものまで、日向クンの文章が並んでいた。

『ごめん。謝って済むことじゃないけど、本当にごめん』
『今どこにいる?』
『マンションの前まで来た。入れてくれないか』
『会いたい』
『会ってくれるまで待つよ』
『ごめん』
『会って、謝りたい』
『狛枝、会いたい』

ずっと、返事のないメールをくれる日向クン。謝罪とボクを気遣うものばかりで、自然と涙が出ていた。
日向クン、日向クン……一つずつ見ていくと、とうとう最後のメールにたどり着いた。

『狛枝の気持ち考えないで泣かせて、傷付けて本当にごめん。もう会いたくないって思ってるよな、当然だよな。明日からまた講義だけど……話し掛けないようにするから。俺の顔なんか見たくもないと思うけど、ごめんな。最低限の単位取れたら後は出ないから。ごめん。落ち着いたら、謝らせてほしい。これが最後のメールにする。ごめん』



「え……?」



最後、と書いてある通りその後は日向クンからのメールは一切無かった。
最後、最後って、なに。
話しかけないって、なに。
きっと日向クンは本気でボクを避けるだろう。このメールだって相当な覚悟で作ったんだろう。ボクが拗ねている間、日向クンはどんな気持ちだったんだろう。
だめ、だ。
直ぐに日向クンの着信を押して発信する。
伝えなきゃ伝えなきゃ……!
一人で塞ぎ混んでいても、事態は決して好転することはないから。



「っなんで出ないの……!」



深夜、二時。
日向クンの最後のメールは、十一時。
何度かけ直しても日向クンの声が聞こえることは無くて、いてもたってもいられなくて部屋を飛び出した。終電はもう出てしまったけど、走れない距離じゃない。
エレベーターが下がるのも待ち遠しくて、おりるときに急ぎすぎて両肩をぶつけてしまった。エントランスを出て、まずは駅の方へ走ろう。それからー……「狛枝?」

会いたすぎて、幻覚が見えるようになってしまったんだろうか。
日向クンが、見える。
マンションの前で息を切らすボク、なぜかコンビニの袋を持って目を見開いてる日向クン。



「日向クン……!」



考えるより先に、体が日向クンへ向かっていた。
馬鹿みたいにバランスを崩して全力で突っ込んだのに、日向クンはしっかり受け止めてくれて、痛いくらい抱きしめられる。



「ごめん、ごめん狛枝……」

「……ううん、ボクこそちゃんと向き合わなくてごめんね」



日向クンのにおいがする。あったかいなぁ。ずっとこうしていたい。
日向クンに身を任せていると急に「あ」と声を上げてぱっと離れてしまった。
急に温もりが離れてしまって、恨めしく日向クンを見つめると「場所が悪いから」とボクの腕を引いて歩き出した。
そういえば、ここマンションの真ん前だった。単身向けだし、深夜も人の出入りは疎らにある。



(見られても、いいのに)



なんて思いながら日向クンの腕に飛びついた。





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