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□後編
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言いたいことも聞きたいことも山ほどあるけど、ボクの粗末な脳味噌では処理しきれず必死に日向クンの左腕にしがみつくのが精一杯だった。それを見越したように日向クンは力なく笑った。



「……さっきの、ことだけどな」

「う……うん」



明日から話しかけないようにする、だなんて言われたらどうしよう。「大嫌い」だと言ってしまったことを「俺もだ」なんて返されたらどうしよう。別れよう、だなんて、言われたら……生きていく自信が無い。
そんなネガティブ全開の思考を読まれてしまったらしく、日向クンは「違う」と優しく笑ってくれて、すぐに真剣な顔になった。



「本当にごめん。お前が軽い奴とか、そういう意味で言ったんじゃないんだ……ごめん」

「……うん」

「お前は綺麗な顔してるし、素直だし可愛いしほっとけないだろ?だからすげーモテたんだろうなって前から思っててさ……だって髪もふわふわでさわり心地よくてだきしめ」

「すすすストーップ!!」



もが。と日向クンの口を片手で塞ぐ。
……何を言い出すのかこの人は。
日向クンの言いたいことが全く見当がつかない、いやつきたくない。
は、恥ずかしい!
そんなボクの精一杯の抵抗はいとも簡単にほどかれてしまった。



「なんだよ、言わせろよ。つうかこれ言わないとお前の知りたいことわからないまま終わるぞ」

「―――――っ」



終わる……?
一体、何が終わると言うのか。聞きたくない聞きたくない聞きたくない。
両手で耳を塞いで精一杯の抵抗をするけど、やっぱり日向クンに優しく握られて抵抗にならなかった。
はぁ、と吐く息が白い。



「……つまり、だ。居もしない奴に嫉妬してたんだよ。……はは、情けないな」



泣かせてごめんな、なんてボクの頬を撫でる日向クン。
なにそれ。
なにそれなにそれ!
それってまるで、日向クンがボクのこと大好きみたいじゃない!
どこの誰か知らないけど名誉毀損もいいとこだよ。こんなダニ以下の奴をそんなに好きだなんて―――――あれ?言ったの日向クンだよね?
……と、いうことは?



「……ひなたくん」

「ん?どうした、疲れたか?やっぱお前家に戻って―――――」

「ボク、悲しかったよ」

「……うん、ごめん」

「日向クンに遊んでる奴って思われてたんだって、貞操観念なんか無いクソビッチだって思われてたんだって、本当に悲しかったんだよ」

「クソ……?……いや、ごめん」

「日向クンって誠実そうに見えて意外に言葉足らずだよね。思ったことをそのまま口に出すのもどうかと思う」

「……うん」



少し強張った日向クンの腕を力の限りぎゅっとしてみたけど、日向クンは何でもないようにしょんぼりした顔を崩さなかった。
ええと、違う、これだけじゃボクが日向クン大嫌いに思われちゃう!



「……でも、ボクは日向クンが大好き。お付き合いするのもキスするのも日向クンが初めてなんだよ……え、えっちなことだって、日向クンとしかしたくない」



言いたいことを全て言った。……伝わったかな、どうかな。
そわそわと日向クンの様子を伺うと、ぽかんと口を開けたままボクを凝視していた。
そのあとすぐ笑顔になって優しく手を握ってくれた。



「家ついたら一緒に風呂入ろうな」

「えええっ!い、い、一緒に!?」

「それくらいいいだろ?来週までお預けなんだから。ま、それまで俺ん家で過ごしてもらうけどな」

「……へ?」



日向クンの、家で……?
何を言ってるのかわからなくて日向クンを見るとニヤリと笑って



「親、出張だって言ったろ。今月末まで居ないから……毎週末が楽しみだな?」



なんて、心底楽しそうに、意地悪く笑った。
散らかっているとはいえなんであのままボクの家に泊まらなかったのか、なんで日向クンの家を目指して深夜に歩いていたのか、ボクはそこで今更ながら気づいたんだ。
今が夜で、本当によかった。
全身が熱くて汗が止まらなくて、唇の端がつり上がるのが抑えられなくて。



(早く、週末にならないかな)



きっと今度こそ、甘い時間を過ごすことになるだろう。
そう考えて日向クンの手をぎゅっと握った。





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