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□わらべうた side.H
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『がっつきすぎ』

『これじゃあ猿と変わらないよ』

『童貞だもんね、日向クン』



最後の台詞は勝手に脳内保管したものだが、つまりはそういうことだったのだろう。
あの日狛枝から逃げるように部屋へ帰って一晩中考えて「しばらく狛枝に近づかない」と結論を出した。だって、仕方ないんだ。狛枝を見ると愛しくて守ってやりたくて抱きしめたくなって、そうなると自制が利かない。確かに、猿だった。とにかく猛省した日向は狛枝を休ませようと決意し、最後に一日だけ思い切り楽しく過ごして気合いを入れた。



次の日から、まとめ役の権限をフルに使って狛枝を掃除に割り当てて、自分は一番遠い場所へ行くようにした。体力を使えばその分性欲も抑えられるだろうと考えたからだ。元々みんな狛枝と行動するのは遠慮したいという風だったから、日向の下心を知らず感謝されてしまった。
デートも、しないことにした。
どんなに疲れていても目当てのものが採取できなくて落ち込んでいても、狛枝と居ればそんなの吹っ飛んでいた。けれど、これは自分への罰なのだから。



「左右田、軍事施設でも行くか?」

「いいのか!?久しぶりだな!よォし、エンジン全開!!」



たまたま採取が一緒だった左右田を誘ったら予想以上に喜んでくれて。そういえばここのところ狛枝とばかり一緒に居たなと気づいた日向はみんなとも過ごそうと思った。



そうして何日かたった日の夜、日向は早々にベッドへ入っていた。
早寝早起きはもう習慣づいていて、コテージに帰るとすぐ眠くなる。いい調子じゃないかと自分に満足して、目を閉じた。





(………………ん?)



違和感を感じて重い瞼を少しだけ持ち上げる。なんだろうか、この感じ……ずっしりと重い頭に何かが伝わってくる。視線を横にずらすと、南の島でも夜は冷えるからと腹回りにかけていたはずの布団が落ちていた。手を伸ばそうかと覚醒してきた頭で考えていると、妙な音と背筋にぞくりとした何かが訪れた。



「……は?」



思わず声が出た。
月明かりにぼんやりと照らされた―――――狛枝が、日向のモノをくわえていた。
状況が理解できず呆然としていると、ばっちり目が合って狛枝は笑った。



「っいやいやいや、止めろよ!」

「……ろうひへ?」

「おかしいだろ!何してるんだよ!離せ!」



狛枝の頭を掴んで後ろへ押すと不満気な顔をしながら、ぐちゃ と音をたてて口を離した。だらしなく垂れた唾液を拭こうともせず、日向の足の間にうずくまりながらこちらを見ている。
狛枝は自分の気持ちを他人に上手く伝えられない。それを日向はよくわかっていたし、そんな狛枝を愛しいと思っていた。けれど、夜中起きたらフェラされてましたなんて非日常的なシチュエーションに頭は一杯一杯だった。



「どういうつもりだ、狛枝」



いまだに日向の下半身に触れようと伸ばされた手を払い除けながら、情けなく半勃ちしたものを隠すように下着とズボンを履く。



「どういうつもりって?恋人にフェラしたいって思うのは普通じゃない?」

「時と場合によるだろ。……はぁ、もういいから」



帰れ、という言葉は勢いよく抱きついてきた狛枝によって制止されてしまった。



「……狛枝?」



ベッドに押し倒されて、狛枝の顔が日向の胸に痛いくらいに押し付けられる。シャツを力強く握る手は小さく震えていて、本当にどうしたのかと考えていると小さく声が聞こえた。



「……すてないで」

「――え?」

「捨てないで、傍に置いてほしい。セフレでもただの性処理道具として好きに使ってくれてもいいから。ボクの声が嫌いなら口を縫い合わせるし、のどに穴をあけてもいいよ。顔を見たくないなら何か袋を被るし……女の子がいいならただの穴になるから、だから」

「は、いや、ちょっと黙れ狛枝」

「あ……ご、ごめんね。ボクの下らない願いなんて日向クンの耳に障るだけだよね、ごめんね。待って、今嘆願書を書くから」

「だから黙れって!!」



日向の脳内は、ぐちゃぐちゃだった。
盛りすぎだと言われたから頑張って避けていたら真夜中にフェラされて、捨てないでだのセフレでいいだの訳のわからないことを息の限り喋り倒す恋人。つい怒鳴ってしまったと慌てて狛枝を見ると、眉尻を思い切り下げて涙目で震えていた。
何が起こっているかは全くわからない。でも、狛枝をこのままにしておくのは、絶対にまずい。どうにかしなければととりあえず狛枝を抱きしめて、ネガティブな言葉を否定することにした。



「俺はお前を捨てる気は無いし、その……せ、セフレなんかもってのほかだ!お前の声も顔もその変にネガティブなとこもひっくるめて、好きだ」



論破、できただろうか。
こんなときに限って妙な心の声は聞こえてこないし狛枝は無反応だしで、抱きしめる腕を少しだけゆるめて顔を見た。
―――――泣いて、る。
あれだけ下がっていた眉をつりあげて、唇をかみしめながらぼろぼろと涙を流しながら日向を睨み付けている。



「日向クンのばかー!!!」

「は!?な、なんでだよ!」

「ばかばかばか!そんなにボクのこと好きなクセになんで一緒にいてくれないのさ!」

「それは…………言わなきゃだめか?」

「だめだよ!ボクがどんな気持ちで日向クンと他の人のデートを見てたかわからないでしょ!?」

「う……」



さっきまでの態度が嘘のようにぎゃーぎゃー騒ぎ立てる狛枝。日向クンのばか、タラシ、ジゴロだなんて最早あまり悪口と言えないものまで飛び出してきている。元はといえば狛枝の言葉が引き金だということは気づいていないのだろう。



「だから、その……せ、セックスのしすぎでお前を疲れさせたから、意識しないように離れてたんだよ」

「…………は?」

「いやいや、なんでそんな不機嫌モードになるんだ。お前が言ったんじゃないか……猿だって」



そう言うと狛枝は涙を止めて口元に手をあてて考えているようで、少し空いて「あ」と合点がいったようだった。



「あ、って……まさか忘れてたのか」

「うっ……日向クンがそんなに気にするなんて思わなかったんだよ」

「するだろ!盛りの猿って言われたんだぞ!」

「……ごめんなさい」



ようやく日向の行動が理解できたようで、顔を青くしながらまた「すてないで」から始まりネガティブを連呼しはじめた。そんな狛枝をはいはいと論破して頭を撫でてやると「さみしかった」「ごめんなさい」「大好き」と抱きついてきたから「俺も寂しかった」「ごめんな」「愛してる」と全て肯定してやった。
笑って、見つめあって、随分久しぶりのキスをして。そのまま行為に雪崩れ込もうとした狛枝を日向が制した。



「今日はしない。さ、寝るぞー」

「ええ!?なんで、もうエッチする雰囲気だったよね?」

「ほら枕やるから」

「いらないよ!」



唸る狛枝をぎゅっと抱きしめてベッドに横になる。「日向クン、したくないの?」と恐る恐るな質問に「いや?したいけどな。凄く」と返すと「じゃあしようよー」と暴れ出す腕と足を絡めてキスで唇を塞ぐ。



「俺のこと好きなら、我慢できるだろ?」



なんて、意地の悪い笑みで言ってやれば「ううぅ……あ、明日はするからね!絶対だからね!」と顔を真っ赤にしながら日向の胸に顔を埋めて目を閉じた。





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