Matrix-1
4ページ/66ページ

 「ありがとうございました」

 龍輝は頭を下げて挨拶をすると、花屋から薔薇の大きな花束を抱えて出た。

 薄紅色、淡黄色、深紅、薄紫と言った色とりどりの艶やかな大輪の薔薇が十本束になって純白のラッピングでまとめてあり、持ち手にはピンクのリボンが綺麗に結んである。鼻を少し近づけると、ラッピング越しに何とも言えない甘い香りがして、龍輝はくらっとなった。

 ややくせっ毛のある黒髪で少し背の高い、年齢の割には――彼は17歳である――何処か子供っぽい印象を与える少年に薔薇の花束などというのは何だか似合わない。
 とはいえ、龍輝は別に自分の趣味でこれを買ったわけではない。病気で入院中の母親のためである。彼女は花全般、特に薔薇を愛しているのだ。
 親思いの龍輝は貯金してあったお小遣い三千円分を全てはたいて、高級なフラワーギフトを購入したのだった。
 
 今日高校は終業式の関係上午前中に終わってくれた。空は鉛色だがまだ明るい。今から母の入院する市立病院に立ち寄って、この花束を置いていくつもりだ。
 花屋から市立病院まで最短でいくには、住宅街にある自宅の前を一度通らなければならない。龍輝はその狭い小路を目指して、道を右なりに歩いて行く。

 それにしても寒い。制服の上からファー付きのレザージャケットを着込み、目の細かい編み手袋をはめているのにもかかわらず、冷気がそれを素通りして体に入ってくる。零下10度はあるのではないだろうか。ぶるりと身震いしながら、足を無理矢理速く動かす。でないと凍り付いてしまいそうだ。

 すると。
 龍輝は目をしばたたき、ついで眉根を寄せた。
 ちょうど病院までの道にある、うずたかく積み上がった雪山に挟まれた電柱の真ん前に、紫色の動物「らしき」ものが寝ているのだ。

 (何だあれ?)

 ごくごく当たり前の疑問を抱きながら、それにそーっと近付いて行く。

 ためつすがめつ不思議な生物を観察する。大きさは大型犬ぐらい、顔は犬っぽいが何か違う、短い上向きの耳、白いお腹、尻尾の先、足の付け根、額に付いた逆三角形の赤い何か。目は閉じているが、開けたらどんな感じだろう。
 犬や猫などの普通の動物ではない。しかし――なかなか可愛い。

 龍輝は興味を覚え、身をかがめてつんつんと人差し指でそれの顔を二度三度つついた。そんな事をしても逆襲されない、大丈夫だという根拠のない確信があった。
 不思議な生物は突然の刺激にびくんと身を震わせる。

 (……起きてるんだろうか?)

 龍輝はその反応を面白がって、もう一度つんつんとつついた。
 紫の動物がゆっくり目を開いた。目全体の大きさは犬や猫のそれよりもう少しあり、愛らしい。瞳は澄んだトパーズ色だ。かなり疲れているようで、目尻が下がっている。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ