□Matrix-2
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至って簡潔な回答。
是とも否とも言えず、ドゥフトモンは暫し押し黙った。
デュナスモンが何を言いたいのか、汲み取るのは容易だった。要は、相手に戦力が一つ減ったと誤認させ、ここぞと云うときにデュークモンを隠し球として機能させるのが目的だ。
だが、“真面目な”ドゥフトモンには、そういった搦め手の発想はなかった。また、主義的な観点から、賛意を示しがたかった。
伝達された内容に忠実に報告書を作成し、方々に伝達する。虚偽の情報を織り交ぜるなどして、その指針を逸した行動をみだりに取るべきではない。
デュナスモンの言い分は理解出来るが、司令官として、やはり譲るわけにはいかない。
「しかしだ……正確かつ精緻な情報の伝達が、我々に残された手段ではないか。あまり敵の裏を掻こうとしても下手を打つことになりかねぬ。この昏迷した状況の中で、これ以上の混乱を招くのは望ましくないだろう」
「賛同出来んな」
だがその正当な反駁を、デュナスモンは容易く切り捨てた。
「裏切り者がいて、真実の情報を売り渡しているかも知れないだろう。それともお前は――『ロイヤルナイツは一枚岩である』という確たる証拠でも握っているのか? お前自身が背信者である可能性すら、否めんぞ」
腹の底がすっと冷え込み、次いで灼熱の激流が湧き上がってくるのをドゥフトモンは感じた。
侮辱。最大級の侮辱だ。
叙任されて以来、堅実に、そして忠実に司令塔としての役割を果たし、与えられた使命に爪の先程の疑問も持たなかった、衷心からの聖騎士としての自分への。
喩えその可能性を指摘されるだけであっても、背信者呼ばわりだけは許しておけぬ――
一度は収めた剣の柄に、再び手が掛かる。
だが、抜剣したい衝動は、内なる声にすんでの所で押し止められた。
(冷静になれ。此奴の言っている事は正しい、怒れども仕方がない)
そう、仕方がないのだ。
今や誰が疑われても仕方がない状況なのだ。
己とて例外ではない。絶対的信頼を得る手段などない。寧ろ、真っ先に疑われてもおかしくはない。情報を集約し、良いように方々に横流しする権利すら持ち合わせているのだから。
大体、決闘を申し込んで名誉を回復したとして、どうするのか。
ロイヤルナイツがもはや五体しか残っていない現況、内輪で相争って疲弊することは余りにも愚かしい。
ようやっとのことで己を沈静化させると、ドゥフトモンはやや弱々しい声音でいらえた。
「貴殿の、言う通りだ」
そして、言いたくもない、自虐的な問いを投げかける。
「仮に、私が背信者であるとしたら・・・・・・どうする」
「特別どうもしない」
相変わらず無情な艶めきを放つ真紅の双眸で、自分より幾分小柄な黒豹の騎士を見下ろしたまま、デュナスモンは言い放った。
「勝手に端末を操作させてもらうだけだ。――お前をデリートした上でな」
ドゥフトモンは身を強張らせた。
“お前をデリートした上で”。
底冷えする凍土の極夜を思わせる、その低声。
波動は魂の内側へと入り込むように、電脳核内で直に、警告として鳴り響く。
おそらく、本気で言っているわけではない。
裏切り者だと疑われているわけではない。
それは明白だ。
だがそれは、突として背骨に鉄棒をねじ込まれたような衝撃を伴っていた。