Matrix-2
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 至って簡潔な回答。

 是とも否とも言えず、ドゥフトモンは暫し押し黙った。

 デュナスモンが何を言いたいのか、汲み取るのは容易だった。要は、相手に戦力が一つ減ったと誤認させ、ここぞと云うときにデュークモンを隠し球として機能させるのが目的だ。

 だが、“真面目な”ドゥフトモンには、そういった搦め手の発想はなかった。また、主義的な観点から、賛意を示しがたかった。

 伝達された内容に忠実に報告書を作成し、方々に伝達する。虚偽の情報を織り交ぜるなどして、その指針を逸した行動をみだりに取るべきではない。

 デュナスモンの言い分は理解出来るが、司令官として、やはり譲るわけにはいかない。

 「しかしだ……正確かつ精緻な情報の伝達が、我々に残された手段ではないか。あまり敵の裏を掻こうとしても下手を打つことになりかねぬ。この昏迷した状況の中で、これ以上の混乱を招くのは望ましくないだろう」

「賛同出来んな」

 だがその正当な反駁を、デュナスモンは容易く切り捨てた。

 「裏切り者がいて、真実の情報を売り渡しているかも知れないだろう。それともお前は――『ロイヤルナイツは一枚岩である』という確たる証拠でも握っているのか? お前自身が背信者である可能性すら、否めんぞ」

 腹の底がすっと冷え込み、次いで灼熱の激流が湧き上がってくるのをドゥフトモンは感じた。

 侮辱。最大級の侮辱だ。

 叙任されて以来、堅実に、そして忠実に司令塔としての役割を果たし、与えられた使命に爪の先程の疑問も持たなかった、衷心からの聖騎士としての自分への。

 喩えその可能性を指摘されるだけであっても、背信者呼ばわりだけは許しておけぬ――

 一度は収めた剣の柄に、再び手が掛かる。

 だが、抜剣したい衝動は、内なる声にすんでの所で押し止められた。

 (冷静になれ。此奴の言っている事は正しい、怒れども仕方がない)

 そう、仕方がないのだ。

 今や誰が疑われても仕方がない状況なのだ。

 己とて例外ではない。絶対的信頼を得る手段などない。寧ろ、真っ先に疑われてもおかしくはない。情報を集約し、良いように方々に横流しする権利すら持ち合わせているのだから。

 大体、決闘を申し込んで名誉を回復したとして、どうするのか。

 ロイヤルナイツがもはや五体しか残っていない現況、内輪で相争って疲弊することは余りにも愚かしい。

 ようやっとのことで己を沈静化させると、ドゥフトモンはやや弱々しい声音でいらえた。

 「貴殿の、言う通りだ」

 そして、言いたくもない、自虐的な問いを投げかける。

 「仮に、私が背信者であるとしたら・・・・・・どうする」

 「特別どうもしない」

 相変わらず無情な艶めきを放つ真紅の双眸で、自分より幾分小柄な黒豹の騎士を見下ろしたまま、デュナスモンは言い放った。

 「勝手に端末を操作させてもらうだけだ。――お前をデリートした上でな」

 ドゥフトモンは身を強張らせた。

 “お前をデリートした上で”。

 底冷えする凍土の極夜を思わせる、その低声。
 波動は魂の内側へと入り込むように、電脳核内で直に、警告として鳴り響く。

 おそらく、本気で言っているわけではない。
 裏切り者だと疑われているわけではない。
 それは明白だ。
 だがそれは、突として背骨に鉄棒をねじ込まれたような衝撃を伴っていた。
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