続・ストラトスフィアの秘蜜基地
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 此処は、「花と寝起きを共にする場所」と言えば聞こえのよい、拷問部屋である。

 「はあ、疲れた……」

 数日前までならまだ「ソリティアやりたい」「フリーセルやりたい」と言う気概があったタイガーヴェスパモンだったが、それすら枯渇してしまった彼であった。見てくれからは微塵もうかがえないが、彼は精根尽き果てた状態なのだ……体力は有り余っているが。それが却って仇である。
 そう、彼の心は死にかけていた。
 
 リリモンという鬼は、自分に気概を取り戻させるために花の水遣りなぞという雑用を押し付けたとか言いやがっていたが、幾度となく疑問が脳裏をよぎった通り、気概が戻るわけがない。そればかりか、精気を一滴残らず搾り取られもうすぐ燃え尽きた消し炭の様に成り果てるだろう。ふざけんな――とタイガーヴェスパモンは心の中で暴言を吐いた。勿論、たとえデリートされてもうっかり口にする事は許されない。この区画の音は、じょうろから水がちょろちょろと流れる音まではっきりと聞こえる程の精度で拾われているのだ。

 それにつけても腹が立つのは、さりげなく給仕の回数を二回から一回に減らされた事である。ぐうたらしていた時代よりも量が減ったのだ。あの日々でさえ二回ハニーネクタルを飲まねば持たなかったというのに、重労働――水やりをしている今が、たった一回で足りるはずがない。
 タイガーヴェスパモンは段々眼前の景色が白んでいくような気がしていた。いや、寧ろ花壇に入られた土の焦げ茶色に染められていくような気がした。
 というのも、幾らちゃんと水やりをしても一向に花が咲くどころか芽が出る気配すらないのである。
 ――俺は、リリモンに騙されたのではないか。
 リリモンなら、知らないで仕事をやらせる筈がないだろう。そんな疑念が浮かんできたタイガーヴェスパモンでだったが、二週間で発芽する方が寧ろおかしいという事実には全く気付いていない――もとい、知るよしもないのであった。リリモンに言われた通り、データベースぐらい参照しておくのが彼の義務かも知れない。

 しかし、絶対に此処でくたばる訳にはいかない。何が悲しくて自分はこんな地味な作業を押しつけられねばなかったのかという事を知る権利が、自分にはあるのだから。
 もう何日間経ったのかも判然としなくなった頭、もとい電脳核情報処理機構で、タイガーヴェスパモンは滓程度に残された気力を、喩えるなら雑巾が引きちぎれる勢いで振り絞り、水やりをやり遂げた。そして、電池を抜かれたロボットの如くタイガーヴェスパモンはばたりと背後に倒れた。
 じょうろが投げ出され、蓋がずり落ち、まだ中程まで入っていた水が盛大に零れ、彼の腹部にばしゃりと掛かる。
 タイガーヴェスパモンは何だか全てを済ませた後のような妙に晴れ晴れとした気分に浸りながら、暫くそのままの姿勢で死んだようになっていた。
 仕事開始三日目の事である。
 モニターから監視していたリリモンが、呆れ顔で盛大に溜息を吐いたのは言うまでもない。
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