アン・バイナリアル Un-binareal
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 黙示された闇。
 それは原初の、未だ開闢の曙光を迎えぬ混沌。
 深く、広く、暗い海。
 この全てを、神以外の何者が隈なく照らし出せよう。
 僅かばかりの光など――否、目映さに盲(めし)いる程の眩耀でさえ、容易く飲み込んでしまうのではないか。
 然らばそれは、万象一切の萌芽を孕みし混沌だから。
 この闇は知っている。私の一切を。私自身を知らずとも、私の何たるかを知り尽くしているから。
 然らばそれは、私を包含した混沌だから。
 この全てを隈なく照らし出せる者など、神の他には居はしない。
 深すぎる悲哀を、憤怒を、虚無感を打破して、水面の上にある明るい世界に、連れてゆける者など。
 ……それをこの黙示された闇が、どれ程切望していようとも。

 私は傲慢だっただろうか。
 我が存在の根源に呼びかけられ、与えられし使命を全うすべく、この死闘に身を投じた。
 しかし、今にも使命感は蝋燭の揺らめく炎が吹き消えるが如く、我が闘志は雨に打たれくたさるる花が如く。
 私には、かの闇を打ち倒すことなど出来ない。
 それは、神の所業にも等しいのだ。
 そしてこう言おう。
 「神よ、貴方の啓示は私に下されるべきではなかったのです」。
 それとももう述べ立てようか。
 「神よ、何ゆえ貴方がこの闇を滅ぼさなかったのです。私がそうするには、あまりに強大すぎる。神よ、貴方は私を過分に評価なさっている。私は貴方の完璧な代行者とは、成り得ないのです」。
 別の有能な僕を、お探しになるといい。
 いないならば、お造りになるといい。

 ――その者は、限りなく現(うつつ)に近い存在であろう。
 我らと同じ、十六進数(ヘクサデシマル)或いはそれを超越した存在であろう。
 我らは渺茫たる電脳の海から生まれ、浮かび、弾ける泡でしかない。しかしその大洋もまた、何者かが落とした一滴の雫から、無限に満ちた始原を持つものである。
 その神にも等しき存在とは、現実(リアル)に他ならない。

 この闇を打ち破れる者は、神たる現実に導かれてこの電脳の世に現出するであろう。
 あまりに深く、暗い闇を微塵も余さず照らし出す光は、まさしく神の行いであるからだ。

 たとえ呼ぶ者なくとも、私はこう名付けよう。
 限りなく現に近い数列――リアル・マトリックス、と。
 
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