Matrix-1
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#6 招かざる侵入者


 ドルモンはひたすら皿の上の菓子を食べながら、至上の幸福感に包まれていた。物を掴むようには出来ていない前肢の構造上、口を直接皿に近づけて菓子を食べるせいで口回りがスナック菓子のかすだらけである。

 (これもおいしい〜。あれもおいしい〜。ドルモンしあわせ〜)

 一通り食べ終わると、皿の上に残った残滓をぺろりと舌で回収し、口回りに付いたものも前肢で拭って綺麗に舐め尽くすという意地汚さを発揮した。ロードナイトモンにきちんと躾けられなかったのか、というと決してそういう訳にはあらず。獣型のデジモンには獣型のマナーが、人型のデジモンもまた然りというデジタルワールドに於ける一般論に認められる行動を取ったというだけである。もっとも、高貴な人間のように獣染みた下賤さを忌み嫌ったロードナイトモン本人は、がっつき舐め尽くすようなドルモンの食べ方にあまりいい顔をしなかったのもまた事実ではある。

 リアルワールドに到着してからすぐさま災難に見舞われたが、同時にすぐさま安住の地を見つけ、尚且つ素晴らしく質の高い食糧にありつけるとは、大変幸運だと言えよう。
 ドルモンは親切で優しい人間・リュウキに非常に良い印象を持っている。何と言ったって、行き倒れていた見ず知らずの自分を――それどころか常識から外れたような存在とも言える自分を――拾ってくれた上に、この上なく美味しいご馳走を振る舞ってくれたのだ。
 彼の都合はどうあれ、出来るだけ一緒にいたいとすらドルモンは思っている。自分の探し求めなければならない「テイマー」を見つけるまで、それか「テイマー」の方が自分を捜し当ててくれるその時まで――いや、彼がその「テイマー」であって欲しいとドルモンは密やかに願っている。
 しかし、ロードナイトモン曰く「テイマー」はそのデジモンに相応しい人間が選ばれるものの、巡り会える確率は砂浜にたった一粒のある砂を探すのにも等しい。だからリュウキがテイマーでない可能性の方が遥かに高いのだ。
 別の人間が己のテイマーとして選ばれ邂逅するのを待つか、長らく出逢えないならば、何とかこんとかという組織が自分を迎えに来るから心配無用だ――そうだが、その時は残念だが仕方無いと諦めるしかない、と一応はドルモンも理解している。頭では――電脳核の情報処理機構では、分かっている。
 けれども、「テイマー」はどうしてもリュウキでなければならないと、電脳核の感情領域が声高に叫んでいる。それ程までに、ごく短い時間のうちにリュウキに心惹かれた事を当のドルモン自身も不思議に思うくらいである。空中庭園という、外界より締め出された閉鎖的楽園で気心の知れた相手とだけ関わり合う生活を今の今まで送って来たせいで、心は負の刺激に耐性が低い――つまり純真で脆弱だ。それ故リアルワールドに来てすぐ遭った災難に打ちのめされた後に優しくされたという落差で、ほだされているだけなのかも知れない。 
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