Matrix-1
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#7 デジタル・リアルファイト


 歩道と建物の上には雪が積もって白くなり、所々に避けられて積み上がっている。道路に面した側にはぽつぽつと泥水が撥ねた跡がある。対照的に、広い交差点は流石車の往来が激しいからなのか、それともロードヒーティングが効いているのか、雪の一片も幅十五メートルほどもあろうかと思われる道路の上にはなく、その灰色の無機質なセメント然とした様相を呈している。
 ぴきりと音を立てて凍り付いてしまったような空気を、エキゾーストの穏やかな唸りが溶かすように震わせる。
 住宅街の小路を真っ直ぐに進んで交差点に出ると、一気に視界が開ける。背丈が変わらないはずの建物でも、それ故か低く見えてしまう。
 それなりに近所ではあるのだが、小学校も中学校も高校も最寄りの駅も御用達のスーパーも真反対側にあるので、龍輝はあまりこの交差点街に来た事はない。
 市立病院は、この交差点を左に曲がったところに巨体を構える。確か6階か7階はあると聞いた事があるような気がする。龍輝は母がいるのは、5階と聞かされている。

 割合背の高い少年は心なしか緊張した面持ちで交差点を左へと行き、寒さのせいだけではない少し震えた足取りで目的の場所を目指す。不慣れな事をしたり見知らぬ場所に滞在している時には、周囲の様子も五感が正常に機能しているのかも判然としないような状態に陥るのが龍輝の常だが、灼ける程に冷え込んだ空気を吸って呼吸器が凍結しそうになり、嫌でも惚けていられないのであった。
 左右に大きく震えようとする脚を真っ直ぐに保とうと力を込めて歩きながら、彼は考え事をしていた。これから母に対面する時には、まるで初対面の他人のように接し、あまり長居せずに帰るのだろうというような想像と、ドルモンの事である。
 突然何かの縁で自分の前に現れ、拾い面倒を見ると決断してしまった奇妙な生物。この世界の常識に照らし合わせると、非常識で不可思議な生物。その外見は勿論、人語をごく自然に話すという芸当をやってのける驚嘆に値する生物だ。この次元とは異なる世界からやって来たのであろう事は明白だが、話すのが日本語である事やこの世界の生物の特徴をいくらか兼ね備えている事を鑑みると、さる異世界はこの世界とその様相がそうかけ離れている訳ではなく、寧ろ何らかの関係性があるものとも推測できる。
 どういう世界からやって来たのか。どうやってこの世界へとやって来たのか、何故来たのか、行き倒れていたのか。語尾のモンとは何なのか、同じくモンが付くロードナイトモンは一体何者なのか。色々と気になる所であるし、帰宅したらドルモンがきっと語ってくれる事だろうと龍輝は楽しみにしている。母には悪いし、非常に申し訳ないとも一応思っているのだが……さっさと用事を済ませ、帰宅したいというのが彼の本音だ。
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