Matrix-1
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 「は……テイ、マー?」

 紫の動物の口から、嬉々として発せられた単語。龍輝はゆっくりとそれを復唱する。
 テイマー。tamer。字義通りならば使う者――調教者。
 飼い主ではなく、ownerでもなく、tamer。その意味する所は余りに深淵に思え、疲労困憊した龍輝の頭脳には、酷く重かった。
 だから思考を放棄し、率直に尋ねる。

 「テイマーって、何だ?」

 今は一切の疑問は後回しにして、差し迫った問題を解決する――今自分達を保護してくれているこの薄光放つ半透膜を突き破り、今にも襲いかかってくるかも知れない漆黒の邪竜を倒す――べき時だ。言うまでもない。
 確かに倒す術が見出せないでいるというのはある。だがそれ以上に、テイマーとは何か。その意味を、その本質を理解する事こそ、行動の指針になってくれる。そしてそれを知らない事には、問題を解決する権利すら与えられない。龍輝は直感的にそんな気がしたのだ。
 ドルモンは小躍りを続けながら、上擦った声で答える。

 「デジモンといつもいっしょにいてくれて〜、デジモンをつよくしてくれるにんげんのことだよ〜!」
 「一緒にいて、強くする……?」

 龍輝は、手に握られている不可思議な装置を見つめた。光の帯の放出は既に止まり、ディスプレイは大人しくなっている。
 これを持っているという事が、即ちドルモンと常にある、そして強くする者たる証。自分は何故だかそれに選ばれた。そういう事なのだろう。
 そしておそらく、未知の単語「デジモン」は、ドルモンという個を一般化した存在。だがそれは一体何なのか。

 「……デジモンって、何だ?」
 「デジタルワールドっていうところにすんでるいきもの〜。ドルモンもデジモンだよ〜!」
 「デジタル……?」
  
 やはりドルモンは、薄々そう気付いていたように、この世界の住民ではなかったのだ。
 その上、デジタル。つまりは二進数のデータ世界よりやって来た、データの存在。
 実際の質量を持たず、それ故に制限無く増殖し、はたまたは消滅し、ただ視覚によってのみ捉えられ、然るべき知識によってのみ意味を与えられ、理解される存在――データ。
 ともすれば、ドルモンだけでなく、たった今光の結界を爪で突き破ろうと躍起になっている黒竜も然り。データの世界からやってきていて、その躯はデータで出来ている、という事で間違いない。
 龍輝の背筋をぞわりと悪寒が駆け抜けた。現代社会の科学の最先端が容易く超えられた事に対する戦慄なのか、或いは――彼には解らなかった。
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