Matrix-1
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#9 濁れる闇


 シャンデリアの灯りで、高貴の色に彩られた爪が妖しい光沢を放ち、白魚のような手が浮き立つ。もう一方の醜悪な怪物然とした黄金の手はそっと袖に潜ませている。誤って触れたものを腐り落ちてしまわせないように。
 グラスを傾けると、くぷり、とグラスの蒼い中身が揺れた。
 喉に流し込んだ液体が五臓六腑に染み渡ってゆき、じわりと全身を心地好い熱さに包んだ――が、ずきりという鈍重で激烈な痛みが襲いかかり、彼女は艶麗な顔を歪めた。

 思わず自分の腹部に目を落とす。そこには、でかでかと巨大な風穴が空いている。
 膿んだ傷口が見えるとか肉が抉れているとかいう生々しいものではなく、ただ衣装の一部が消し飛んだりして綺麗な円を造っているだけだ。だが、なるたけ迅速に処置を施さねば、見るに堪えない状態になり、遂には彼女自身がデリートという路を辿っていたであろう。
 だからこうして魔族を癒やす黒羽毛のソファに腰掛けて、穴がこれ以上開いてゆきデータが流出するのを食い止め、尚且つ徐々に修復されるのを待つ代わりに、四六時中じっとしている事を強要されている。

 (ロードナイトモン――薔薇輝石の騎士王)

 彼女――色欲の魔王、リリスモンは目を閉じてぼんやりと沈潜し、自ら手に掛けた相手の事を考えていた。
 あらゆる物を腐食させる魔爪で貫いた敵、己の命と引き換えに自分にこの傷を負わせた敵。
 そして敵ながら、憎むと同時に賞賛すべき敵。だがそれ以上に――自分達ダークエリアの眷属からすると、「騎士道」とかいう偶像にしがみつく実に愚かな者の一人でもあった。
 
 愚直なまでに騎士道
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