Matrix-1
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#10 Other Digitals in Real 


 びゅん。
 二つの刀身は超速で空を切り裂き、標的の胴体に半月の弧を描き襲いかかってゆく。
 残像すら残らぬ、弾指の内に繰り出された苛烈な剣撃。まともに喰らえば最期、躯が一繋がりになっている事はもはやあるまい。
 互いに相手を殺す気は皆無。だが、殺す気で掛からねば掠り傷も与えられぬ。なればこその激烈な斬撃。
 二枚の刃の進路に、互いが立ちはだかる。
 軌跡は宙で交わり、高らかに金属音を打ち鳴らす。張り詰めた大気は弦を弾いたように震える。
 微かに聴覚を撫でる、舌打ちの音。慚愧の念からの呟き。刹那、離れる二剣。
 だが休戦などではない。幾許も経たぬうちに路は交わり、再び邂逅する。
 
 片方はその長さ五尺はあろうかと思われる非常に幅広の両刃剣だ。中心を走る真紅の部分に、絡み合う白蛇と黒蛇のレリーフが施されている。
 もう片方は、何の変哲もない真直の長剣である。それは相手と比べるとあまりにも心許なく、到底激烈に過ぎる一撃を受け止める事など不可能のように思われる。しかし、最早視覚で捕らえる事など不可能な速度で繰り出され空を破壊するそれは、完璧に大剣の勢いを殺ぐ事に成功している。
 
 「いっつも思うんだけどあんたさあ、何でそんな細っこい剣であたしの全力が防げるわけ!?」

 変わり映えしない局面に業を煮やした大剣使い――剣と同じ身の丈の、蛇を模した兜を目深に被り、蒼い三つ編みを左右に垂らした軽装の少女だ――が、剣撃を繰り出しながら声を荒げる。細い片腕のみで大剣を打ち振る姿は、さながら小さき鬼神だ。
 長剣がしなるように空を薙ぎ、又もや虚空を疾駆する大剣の行く手を阻む極細の壁となる。
 剣士がふっ、と漏らすのは微笑――否、嘲笑だ。

 「学習能力がないですねえ。上手くいなしているからに決まっているでしょう。全く、筋肉馬鹿とはこういう人の事を指すんだとつくづく思いますよ。神話の中のミネルヴァ女神は知恵を司っていますのにね」

 これでもかという位毒を含ませた口調。純白の体躯をした鳥人の戦士、と言うべきであろうか。長身の成人男性と然程背が変わらぬ彼は、鷲の頭部に似たヘルメットを被り、翼を模したマントを羽織っている。彼の右肩に激しい剣戟にも拘わらずしおらしく留まっているのは、黄金の美しい鳥だ。

 ぷつり、或いはかちん、という音が少女の頭部より聞こえたような気がした。彼女は激情を一層燃え盛らせる。大剣が振り下ろされる速さが心なしか増したようだ。

 「あーうっさいうっさい! 神話と現実は別! だいたいあたしも好きでミネルヴァモンって名乗ってるんじゃないの! それに……」
 
 鳥人は又も少女――ミネルヴァモンの繰り出した一撃をあしらい、ついでに話も聞き流す。キン、キンと金属が衝突する絶え間ない音を背景音楽にしながら。
 ふう、と溜息が緊迫した空気を伝っていく。

 「ロイヤルナイツの成員数が半数を切ってしまった今、我々が空いた大穴を埋められるだけの気概を持って活躍せねばならない時が来ます。それが……オリンポス十二神族が一柱とあろう者が、こんなに弱くていいんですかねえ?」
 「あ……あたしが弱いぃ!?」

 小柄な狂戦士は目庇の下目くじらを立て、顔を茹で蛸のように真っ赤にした。

 「反則技ばっかり使うロイヤルナイツのお偉いさん方と比べられても困るんですけど!? ものが違うんですけどものが!」
 「技に反則も何もありませんよ。敵を倒せるか否か、だけでしょう」
 「微妙に論点ずらさないの! あたしが言ってんのは、別格の連中と同列にあたしを語られちゃあ困るっていう話! あんたはロイヤルナイツの腐っても補欠みたいなもんだから、まあ同じ土俵で考えていいけどさ! あたしにまでああいうレベルを要求するってのは、ちょっとおかしくない!?……」
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