Matrix-1
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#11 遭遇に次ぐ遭遇


ずずず。
 すっかり伸びきってしまったうどんをすっかり冷めた汁から無感動に啜りながら、朝川龍輝少年は自由帳の最初の数ページをぱらぱらとめくる。たったさっき余白を埋めにかかったばかりのもので、殆どは真っ白だ。だが埋まっている数ページを読み込んでいる彼の眼差しは真剣そのもので、あたかも試験本番に向けてセンター古語を総ざらいしている受験生のようである。

 一方、一連のトラブルの原因である――と言っても龍輝が自ら関わっていったのでそう断じるのは無責任だが――犬のような狐のような、紫の体毛で覆われた妙ちきりんな生物、ドルモンは床に腹ばいになって寝ている。安らかな表情で身じろぎもせず、時々むにゃむにゃと喃語している。夢路を彷徨っている最中だろう。先刻命の遣り取りをしたばかりというのに、この緊張感のなさと来たら。全く羨ましいな――と龍輝は恨みがましそうな目でドルモンをじろりと見やった。彼はといえば、あの壮絶な体験――デビドラモンと相見えた時の事がふとした瞬間脳裏を過ぎる度、全く生きた心地がしないのだ。この先あんな目に何回遭えばいいのか……胃が痛い。

 彼が目を通している自由帳の暫定名称は「デジモンノート」――というまあ捻りが無いもので、ドルモンの事、デジモンの事、デジタルワールドの事、あの不可思議で超常的な精密機械――ドルモンによると、“デジヴァイス”というれっきとした呼称があるそうな――について、判明した事実、そこから推測できる事項を書き連ねていく記録帳だ。買ったまま使い道もなく放逐されていたノートに生き甲斐を与えてやれたので、大変有意義な事である。

 現在埋まっているのは一ページ半だ。不測の事態に対して考えを練る為には、決して狼狽えない事、そして情報をなるたけ収集できる事が必須だ。龍輝とてそんなにデジモンに遭遇したいかというとそうでもないし寧ろなるべく遭遇したくないので、情報はドルモンとデジヴァイスから搾り取れるだけ搾り取りたい。まだまだ情報が欲しいところだ。

 そういうわけで、ここ一、二時間の実体験とドルモンが疲れて寝てしまう前に行った事情聴取より、一ページ半の情報を抽出できたわけである。
 まず、しっかり押さえておかねばならなそうな用語の定義を列挙すると。

 デジモン――デジタル・モンスターとは二進数の電子生命体で、デジタルワールドというこの次元とは位相を異にする世界が郷里である。

 デジタルワールドに対して、この世界の事をリアルワールドとデジモン達は呼んでいる。
 ドルモンや先程交戦したあの禍々しい黒竜、デビドラモンはデジモンに分類される。

 デジモンにはデータ・ウィルス・ワクチンという三属性があり、おそらくは三すくみの関係にある。

 Child――子供、Adult――大人というレベルも存在する。

 テイマーとは、デジヴァイスを用いてデジモンをサポートしつつ、その戦いに参与する先導者であり、指導者であり、後援者である選ばれた存在である。

 デジヴァイスとは、テイマーに与えられた多分にその意識とリンクしてシステムを稼働させる、特殊な機器である。対象のデジモンのデータを分析したりデータを吸収したり、或いは0と1を消費して、属性を書き換えたり障壁を形成したりも可能である。デジタルワールドに帰属する機器であるとほぼ断定できるが、文字は何故か英語で表示される。
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