Matrix-1
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 動物が――いや、動物かどうかも実は謎だ――が喋った。何か謎な単語を聞こえたが、ひとまずはどうでもいい。動物が喋った!

 人間以外のものが言葉を話すなんて――インコなどは例外として――あり得るのだろうか? 
 一瞬これは学校が休みに入るという浮かれた心持ちが見せている幻想なのではないかという思いが頭を過ぎったが、ぴゅーと凍気を孕んだ風に吹きすさばれ、現実に戻った。そう、これは現実なのだ――。
 
 しかし寒風のお陰で冷静になってみると、これは明らかに自然界に存在する、例えば犬や猫の様な動物ではない。そういうものが喋ったとしたらびっくり仰天だが、この不思議な生物はその通り不思議なのだ、喋るくらいするのはもしかすると普通かも知れない。
 さてしかし、どう反応したものかと彼が思案していると。
 
 「えぐっ、えぐっ」
 「?」

 不思議な動物が涙ぐみ始めた。一体どうしたというのか。
 最初は疲れた様子、ついで幸せそうな様子、そしてこれ。全くめまぐるしく態度が変わるな、と思いつつも、龍輝は花束を地面に置き、その生物の頭をそっと撫でてやった。
 べそをかく子供をあやすお母さんのような感じで――優しい言葉を掛けてやる。普通の動物なら、こうはいかないだろう。

 「どうしたんだ? 悲しい事でもあったのか?」

 ぼろぼろと大粒の涙を白い雪の上に落としながら、不思議な生物は答える。涙には感激のそれが混じっているに違いなかった。

 「やさしいね〜……えぐっ」

 不思議な生物――もといドルモンは先程自分を殺そうとした人間三人組を思い出しながら、自分の頭上を優しく撫でる手袋の感覚に、ほろりとなった。実際には殺そうとしたのではなく、単に雪山を崩してドルモンを携帯で写真撮影しただけなのだが、この際それはどうでもいいだろう。

 「ドルモンのだいすきなロードナイトモンが〜……しんじゃったこと〜……おもいだして〜……えぐっ、ぐすっ」
 「ロードナイトモン?」

 若干素っ頓狂な声を上げて単語を繰り返した龍輝であったが、すぐに彼は冷静になった。国語を得意教科とする彼にすれば、謎の単語が立て続けに二つ登場するのはセンター試験の常なのだ。

 まず、ドルモンとは彼、この不思議な生物の一人称であり、すなわち彼の名前である。また、ロードナイトモンとはドルモンの愛していた故人である。それが詳しく誰であるのか、また何故死んだのかは当然分からなかったが、情報は十分だ。
 これと合わせて、さっきこの生物が薔薇の香りを嗅いで言った台詞「ロードナイトモンの匂いがする」だったか――について考えてみる。ロードナイトモンとやらはおそらくいつも薔薇の香りを漂わせていたとかそんな感じで、この花束から発せられる香りが彼――或いは彼女――を連想させたに違いない。
 ところで、語尾のモンとは何だろうか。
 
 これは深い、ついで面白い事情があるような気がする。これは話を聞かねばなるまい。
 しかし龍輝は自分の顔が冷たくなり過ぎて寧ろ熱くなっている事にふっと気が付いた。頬が真っ赤になり、じんじんと痛い。


 「ドルモン、だよな? ここは寒いから、別な場所に行かないか?」
 「うん〜。ドルモンさむい〜」

 ドルモンは涙を零しながらぶるぶると震えてみせた。ドルモンの毛は防寒作用が高いのだが、泣いたせいなのか、体温が下がっていた。
 それに、ドルモン自身、どの道行く当てはないのだ。ここは自分を害さない優しい人間に付いていくしかない。

 「じゃあ、ちょっと付いて来い」
 
 龍輝はそう言うと花束を持ち上げて再び右腕に抱え、自宅方面へ歩いて行く。紫色の動物ものろのろとそれに付いていく。
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