Matrix-2
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 「デュークモン、見えるな。あいつだ」

 声に促され、純白の甲冑を纏う騎士は遠方を――自分達の目的である怪物を見やった。途端にその目付きが一層険しくなる。

 「……うむ」

 デュークモンは、半ば唸るように応答した。流石ダスクモンは一度以上怪物の姿を目にしているだけあってか――それとも出自などの意味で自分と同類であるからか、さして気分を害していない様子だ。頼もしくさえ見える。

 怪物は、右方の壁に張り付くように存在していた。
 半ばから山なりに折れ曲がった細い肢は6本であるものの、ダスクモンの言う通り、蜘蛛のような姿態をしている――加え、いとも巨大だ。遠近感や距離感が失われているため正確な大きさの程は把握できないが、遠目に見ているはずなのに自分の5倍はあるようにデュークモンには見える。とにかく巨大だ。
 また、その全身像は「醜悪な合成獣(キマイラ)」と言って差し支えないものだ。三本角が突き出た頭部、全身を守り固めている濁った黒色をした装甲、足の末端から突き出た三本の鉤爪、節に分かれ先端に鋭い屈曲した針が付いた尾――選別と分化の過程を経ていないデータの混沌から生まれたというその出自を、端的に示しているらしい。

 一旦その醜怪さから目を離すと、ちょうど巨大な体に覆い被さられるように、白い薄光を放っている線が何本か目に入った。一様な光の束というよりは、粒の小さな細氷の集まりに陽光が当たって煌めいている風だ。
 あれがデータの通り道というやつだろう。デュークモンが想像していたよりも距離としては長い。途中から突然ぷつりと断裂しているように見えるのは、複数の次元に跨がって存在しているためであろう。
 
 あの怪物を倒さないことには、到底無事に道を通り抜けられそうにない。やるべき仕事は一つ――デュークモンもダスクモンも、いよいよ張り詰めた雰囲気を纏う。

 「とりあえずは、奴に接近するぞ――気を付けろ」

 正面を向いたまま、やや低い声でダスクモンがデュークモンに呼びかける。返答を待たず、彼の姿が闇に溶け、より遠方に滲み出るように再び出現した。
 デュークモンは返事をする代わりに、今まで通りタールの如くに粘稠な黒い空間を掻き分けて思うようにゆかぬ移動を続けた。
 時折ちらりと確認する怪物の様子は、奇怪――というより不可解である。壁に張り付くような格好のままその場から全く動かず、頭を巡らす事もなく、たまに舌を口内から出し入れするのみだ。動かないのはおそらくデュークモンと同じ理由で「動けないから」だろうが、それとも獲物を待っているのだろうか? そうだとしたら、何故自ら獲物を探さないのだろうか? 意味の分からない事ほど気味の悪いものはない。幸いなことに、まだ自分達がちょこまかと動いている事には気が付いていない様子ではある。
 
 幾分時間を掛けて怪物に大分接近することに成功したデュークモンとダスクモンだったが、彼らの目には段々怪物の大きさの程が鮮明になってきた。
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