□Matrix-2
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重々しく閉ざされた、見上げる程に高いヴァルハラ宮のブラックデジゾイド製の門扉は、ロイヤルナイツにしか開けることが出来ない。何重にも施された封印を解くデジ文字と数字が入り乱れた16桁のパスコード――夜が明ける度に変わる――を知るのは、デュークモンも含めるならば、現在6体しかいないはずだ。
重苦しく不穏な熱を伴った電脳核の鼓動に、表層意識が徐々に乱されるのを感じながら、ドゥフトモンは可能性を羅列した。
――パスワードを割り出したのか。
だがそれは、現実的にはほとんど起こり得ない。当該のロック――門扉の前まで来なければならないが、パスワードを割り出すのに内部システムに侵入するのが、如何に愚かな試みであるかは言うまでもない。ロイヤルナイツが赴かずとも、門扉に内蔵された警備システムが不届き者を一瞬で二進数の塵にする。幼年期も成長期も、究極体も皆神の前に等しく、その存在を地上から永遠に拒絶されるのだ。
そもそも、門扉の前に辿り着くこと自体が恐ろしく困難な所業だ。転送プログラムによる遷移先をそこに設定すれば簡単なように思われるが、ヴァルハラ宮を頂上に冠する霊峰の全域が結界によって守られており、そうしたプログラムの作動は拒絶される。
つまり、この急峻な銀嶺の岩肌に手を掛けて登って来るしか方法はない。それは、大気濃度の低下に伴う意識の混濁と、細胞の一つ一つを凍り付かせるような冷気に打ち克つということだ。成就する見込みのないことに命を賭けてまで、そんな真似をする数寄者が果たしているだろうか。
それよりも遥かに高い可能性は、思考を拒みたくなる類のものだ。即ち。
――内部で手引きした者がいるという可能性。
敵は、内部から侵入した確率の方が高いという可能性。
蟻一匹すら通さぬ立派な門を構えていようとも、雨漏りや壁崩れがあっては元も子もない。
「床下から這い出て来たと見た方が現実的だな」
デュナスモンも同意見のようだった。
ドゥフトモンとは異なり、動揺した様子は欠片も見られなかったが。
彼の心中では、一度は払拭されたはずだった疑念の暗雲が再び渦巻き始めていた。
あくまでも飄々とした態度を貫くこの竜人に訝しげな視線を投げかけながら、このタイミングでの敵の侵入について、否が応でも考えてしまうのだった。
何故、デュナスモンが此処を訪れた直後なのか。
やはり、気配も無しに転送陣を利用した際に、何かシステムに細工をしたのではないか。
各々の聖騎士に与えられた、己の居城へと続く転送陣の設けられた尖塔。プライバシーの守られた空間である其処は、充分抜け道となり得る――招かざる者共の。
ばさり、と双翼が広げられる。
「ちょうどいい。オレが鼠取りをしてきてやる」
特別感情は込められておらず、許可も求めていない風であった。
ドゥフトモンは押し黙ったままでいた。
やはり、これが茶番であるという懸念は捨てきれないのだ。これを布石に、デュナスモンが信用を稼ごうという魂胆ではないとは言い切れない。
だが、彼の出動を認めない理由もなかった。
この「第五の間」のコントロールパネルの制御権を手放してまで、自ら敵の相当に赴くなど、それこそ愚かな真似だ。
そして、ドゥフトモンはデュナスモンの出動を積極的に認めるべき理由を見出している。
(隠された龍の爪牙の鋭さたるや、如何ばかりか――それを見極める良い機会だろうな)