Real-Matrix:ADDITIONAL
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#3 家族になるということ Enter the family

 「ロイヤルナイツの仲間?」

 輝一の問いに、ロードナイトモンは首肯した。

 「将来ロイヤルナイツの一員になる定めを持つ者だ。だがまだ幼く、城で保護している。その者に、直ぐに戻ると約束してきた」

 彼の言葉に、エンジェモンが口元を綻ばせる。

 「まるで、私と父母上のようですね」

 父母上? 耳に親しくない言葉に、ロードナイトモンは暫し沈思黙考を強いられた。イグドラシルの根から染み出す水として生まれる、デジタルモンスター。その発生は単なる量子観測的な、何ら必然性を伴わない「現象」に過ぎない。そして、皆孤独だ。親はない。無情の中に、置き去りにされている。なのに、父母上とはどういう事だ……。
 薔薇輝石の騎士が答え倦ねているの見て取って、輝一が助け船を出した。

 「つまり、ロードナイトモンとそのデジモンは親子とか家族とかみたいだって言いたいんだよ」

 しかし彼はそう口にするなり、即座にはっとした表情を見せ、言い直した。

 「ごめん、親子や家族の概念って、デジモンは持っていないんだったっけ」

 「知識としては知っている。人間の世界の事も情報として入ってくるのでな。だが――」

 ロードナイトモンは答えながら、語の意味を考えた。親子――ある人間と、その遺伝子情報の半分を受け継いだ人間との関係。家族――遺伝情報が近しい者たちの集合体。浮遊するデジタルデータが凝固して生まれるデジモンに、そのような関係性など有り得ない。
 違う、と彼は頭を振った。輝一が言っているのは、そんな二進数的な図で表せる、無機質な話ではないと。
 親子とは遺伝情報の関係を超えた部分にある、温かさのことであり、家族とは、その大きな広がりのことだ。
 それすらも、リアルワールドから流入してきた知識をなぞっただけのデジタルな答えでしかないのかも知れない。それでも、ロードナイトモンにはそう答えられるだけの実感があった。知識ではなく、経験としての。

 「いや、貴公達の言う通りだ。今の私が抱いているのは、人間の言う親子の情なるものに相違そういない。世話をする中でその情を実感するようになった。義務であるからというだけでなく、自身の感情としてあの者を守ってやりたいと思っている」

 心の底から、そんな言葉が滑り出た。
 イグドラシルの根から染み出た水滴は、何処かへ流れ、呑まれ、或いはその前に蒸発してしまうのが常だ。一掬いの水になるのは、ましてや大いなる奔流となって周囲を洗い流すまでになるのは、ほんの一握りに過ぎない。
 厳しい世界だ。だからこそ、命は尊く美しい。
 だからこそ、守り抜かなければならない。
 最初はただの幼稚な獣、将来の空白の席の主という認識以外持っていなかったドルモンを自ら世話することによって、形ばかりで上滑りだったその使命感が、肉体を得た。魂を得た。本物となった。
 それが、この0と1で出来た心に生まれた、愛なのだ。
 
 ロードナイトモンの答えに、輝一はしばし考え込むように遠い目をした。薔薇輝石の騎士には、それが過去を複雑な思いで眺めやっているように見えた。

 「それって、素敵な事だ。幸せな事だと思う」

 そうして出てきた輝一の言葉に、ロードナイトモンはやや当惑しながらも、嬉しく思った。

 「初めて会う人間にそう言ってもらえると何よりだ。私が保護しているかのデジモンも、いつかは人間と出会う定め。私がその時を見届けられるかは分からぬが」

 彼は天を見上げた。暗澹たる夜空に大口を開ける。時空間の歪み。あれを超えた先の常昼の楽園で、ドルモンは一人何も知らずに自分の帰りを待っている。自分を待ち受ける未来についても、何も知らないのと同じことだろう。
 この自分にも、分からない。遠い未来どころか、一寸先の未来すらも。開けてみなければ分からないシュレディンガーの箱の中身など、誰にも言い当てられはしないのだ。
 それ故に、願う。それがより良きものであるように。

 「いい人に会えるよ、きっと」

 つと輝一の言ったそれは、この上ない祈りだった。
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