□Real-Matrix:ADDITIONAL
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城外に出たロードナイトモンが目にしたのは、およそ有り得ないような存在だった。
漆黒の大口を開けた、喩えるなら「宙に空いた穴」。
そのどす黒さは余りにも禍々しく、地獄界ダークエリアへの門が開いたものと錯覚させられる。
だがそうではなく、次元、または時空間の歪みであるのは疑うべくもない。
(アクセスポイントの類似物、か?)
流石のロードナイトモン、成長期以下のデジモンが見たら大泣きする、完全体以下でも軽くぞっとするような光景を目の当たりにしても、非常に冷静に状況を見る。尤も、デジタルワールドを災厄から護る役目を仰せつかった守護騎士たる者がうろたえたり青ざめたりするのでは、どうしようもない。
(いや――それ以上の存在だな。単純にデジタルワールドの別地点、或いはリアルワールドに直通している生易しいものでは有り得ない――)
――この歪み具合、断絶し具合だと。
薔薇輝石の騎士の感覚からして、これは外観通り大変危険なものだと断じられた。
早急な処置――あれを「修復」する事が求められるだろう。城内のデジモン達を軟禁状態にして置けば当分何かしらの被害から庭園の住民達を回避させる事は出来るであろうが、それは臭い物に蓋をするようなもの。実際的な解決には至らない。
あの時空間の歪みが拡大しないとも限らないのだ。一カ所破れた布を裂いていくのは簡単な事だ。
万が一の事態を避けるため、此処はメカニクスの宝庫、ロイヤルナイツの本拠地「ヴァルハラ宮」に行って色々こういう場合の為の道具を取ってくるべきだろうか、とロードナイトモンが考えた、その瞬間。
「!?」
ががが、とロードナイトモンの両足が不可抗力で前に引きずられた。
漆黒の歪みに、引き寄せられている。
「ぐうっ……」
凄まじい引力だ。世界の中心もかくやと思わんばかりのその強さに、ロードナイトモンは鎧肩部の留め金から黄金の帯刃を伸ばし、地面に刺すことで何とか踏みとどまろうとする。刺した際に花が幾らか無残に潰れたが、こうなったら気にしている暇はない。
但し此処で気にしなければならない奇妙な事があった。引き寄せられているのはロードナイトモンのみで、明らかに強靱さで劣る花たちは一切吸い寄せられていないようなのだ。ロードナイトモン程の質量のある物を簡単に引きずるくらいなら、花くらいもっと容易に根から引き抜いて吸い込んでしまって良いはずだ。
ロードナイトモンは、一つの恐ろしい推測を立てた。
(よもや……電脳核を吸い込もうとしているのか?)
デジタルワールドに於いては、電脳核を持つもの、すなわちデジモンこそが生命を持つ存在。つまり、彼の推測が正しいのなら、この超時空の大穴は自ら死者を造り出し迎え入れる地獄の門にも等しい。
自分が最終的に吸い込まれるのがとどのつまり、ではあろうが――あくまで自分は守護騎士、最後まで奮闘する義務がある。ロードナイトモンは強靭な意志を以て、ひたすら身を低くして力を込め、何とか帯刃が地面から抜けないように踏ん張る。力の源泉は殆ど意地だ。
ロードナイトモンは今ほど、自分が物理的力強さに欠けるのを悔しく思ったことはない。誰か、私を羽交い締めにして後ろに引きずり戻してくれ――本気でそう願いながらひたすら踏ん張り続ける。
だがロードナイトモンの抗いも虚しく、地面に深く刺したはずの帯刃がどんどん引き寄せられて走り、地面に溝を作るように抉っていく。
そこで彼は右手に装着したパイルバンカーを全力で地面に押しつけて何とか堪えようとしたが、それもやはり虚しかった。
どんどん引力が強くなっているのだ。もはや抗しがたい程に。
そして。
「うあっ……!?」
遂に、薔薇輝石の騎士王の体が跳躍でもしたかのように浮き上がり、宙で翻った。
するとそこからはあっという間だ。容易く、ブラックホールにでも吸い込まれるような勢いで、瞬く間に彼の姿は空中庭園から消え失せてしまう。
(ドルモン済まない……直ぐに戻ると言ったのに)
彼の心に浮かんだのは、そんな些細な贖罪の言葉だった。
黒い超時空の大穴は、電脳核を持つ存在を嚥下し終えると、まるで満足したかのように口をすぼめていった。
閉じてしまったのだ。
やがて空中庭園は、今し方何も起こらなかったとでも言うように平然としてその平穏を再び装い出した。