Matrix-0
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 巨竜は今しがた塵芥のように抹殺した竜人の事は何も無かったように、ただただその双眸は遥か地平の彼方を望んでいる。

 ――コードネーム「BAN-TYO」を、始末せよ。

 相変わらず彼を支配するのはかの言葉だ。それを実行するために前進する、邪魔する因子が出現すればそれを駆除する、そのアルゴリズムが全てだ。

 青き装甲竜は忘れもしない。自分の身体を無残に切り裂いた銀の刀身、それを携える獅子の顔持つ獣人の風体。何であれ、その図像に一致するものを視界の果てに求め続けるのだ。究極的破壊の対象として――。

 破壊音を立てて地を揺らしながら、巨竜は斜陽が照らす陸の果てへとそうとは知らず向かっていた。その先は終わりを見晴るかせない広大にして深淵な海――「ネットの海」の領域だ。水面が橙の光をきらきらと反射する様が遠方からでも眩しい。

 巨竜は渚の様になった場所に足を踏み出すと、何の躊躇もなく――アルゴリズムがそうさせているのだろうが――水に入っていった。凄まじい飛沫が吹き上がり、派手に散っていく。

 浅い海床の砂を踏みつけながら、尚も巨竜は前進する。水に浸かった脚の部分を視界に認め、辺りを遊泳していた小魚の類が蜘蛛の子を散らしたようにその場を去る。

 ――しかし、巨竜に嬉々として向かってくるものがあった。

 水深の浅い部分に生息する何匹もの海竜――シードラモンがその長躯を空中に踊らせる。頭部は黄色の、胴体は浅黄色の鱗に覆われる。いわゆる手足は無く、水蛇に等しい。

 彼らの目には一様に興奮の色が見える。獲物を発見して喜んでいるのだ。
 
 間髪入れず、シードラモン達の口が大きく開かれ、凍気が吐き出される。一瞬にして大気の水分が凝結し、巨大な氷柱と化す。

 「“アイスアロー”!!!」

 一斉に槍を投擲する勢いで巨竜の胴体に矢が飛来する。その矢勢、鋼鉄をも貫かんばかりだ。
 しかし、巨竜は大して意にも介さなかった。軽く左腕を捩るように振り回すと、飛んできた氷矢は小気味よい音を立てて砕け散ってしまった。

 シードラモン達の顔に驚愕の表情が現れ、次いで恐怖の色が現れた。

 ただ一体、業を煮やして正面から巨竜の装甲を貫かんと空中を真っ直ぐに突撃してくるものがあった――
 ――が、それも言うに及ばず愚かな事に過ぎない。

 巨竜の右腕が神速で突き出され、シードラモンの開きかけた口から尾を一瞬で引き裂く。声すら上げる事も許されず、哀れな水竜は真っ二つになった体をさらけ出したまま虚空に消滅していった。
 同族の酸鼻を極める姿を目に焼き付けるといよいよシードラモン達は恐れを成して、海中に潜りそのまま姿を消していった。
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