Matrix-0
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 「やはりそう?」

 束の間無言でいたロードナイトモンに対して、リリスモンが一層口の端を吊り上げて鎌を掛ける。
 その直後、紫に彩られた唇を開き、ほうと吐息を漏らす。
 途端、吐息が変じた。
 周囲の黒霧よりも遥かに暗く、おぞましい霧に――。
 それが捕らえようとしているのは、懸命に走るドルモンの後ろ姿だ。
 ロードナイトモンの知る限り、それは「絶対に触れてはいけない」呪いの吐息。触れてしまったら最後、死してなおその痛みに苦しみ続けるという禍つ吐息――。

 「そうはさせん!」

 ロードナイトモンは一声叫び、刹那、自分が霧の進行方向から右方に飛びずさる。
 鎧の帯刃が何本も素早く空を裂いて伸び、黒い霧に立ち塞がった。
 黄金の刃に当たって霧は文字通り雲散霧消したが、刃が末端から粒子に分解されて空塵と化してゆく。その浸食はロードナイトモンの鎧の留め具まで及んで、帯刃がまる三本消滅した。

 「わたくしの“ファントムペイン”をお防ぎになるなんて……流石」

 リリスモンがわざとらしく驚いて見せる中、虚空の粒子データが煌めきながら集束し、再び目映い色の帯が形成される。色欲の魔王は今度は本気で目を丸くする。しかしそれは同時に楽しんでいるようでもあった。
 ロードナイトモンの方はといえば冷静さを保つのに必死だった。もし帯刃が鎧の「付属品」でなかったのなら、帯刃は再生しないどころか、とっくにロードナイトモン自身が消滅していたであろう。

 ロードナイトモンは、守護騎士ロイヤルナイツの一員として、危険な任務を幾つもこなし、数え切れない死地を潜り抜けてきた。それゆえ、彼は何時如何なる危機に対しても泰然としていられる、精神の境地に達しているといえよう。
 けれども、今回は違った。
 確かにこれもまた危険任務である事には違いないが、過去のそれとは一線を画している。
 電脳核の鼓動を微かにでも乱す不規則なパルス――これは恐怖だ。

 しかし、いくらそれに己を乱されようとも、寧ろ己を殺し、何としてでもこの七大魔王をこの先に進ませる訳にはいかない。
 しかしここで、最も引っかかる疑問をロードナイトモンは呈する。

 「――何故、知っているのだ」
 「アクセスポイントの事かしら?」
 「無論」
 「そのような事、貴方様がお知りになってどうなさるの。貴方様だからこそ教えて差し上げるべきなのかも知れないけれど」
 「――どういう意味だ?」

 「貴方だからこそ」――様々な波紋を広げるその言葉。しかしロードナイトモンの問い掛けを無視し、リリスモンは相変わらず顔に笑みを貼り付けたまま言った。

 「……いいえ、これから死んでゆく御仁には、やはり知る必要のない事ではなくって?」
 「……成る程」

 この妖女――リリスモンは、自分に一切の事情を教える気は無いが、勝利する気は満々らしい。

 「ならば、問答無用というわけか」

 静かにロードナイトモンの闘気が爆発し、薔薇色の鎧からしゅるしゅると四本の帯刃が伸びる。
 今度は守る為の帯刃ではない――切り刻むための帯刃だ。
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