Matrix-1
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 デスモンはデリートされた。勝ち誇ったような、見下すような、全てを嘲るような嗤い。その響きだけがこの次元に残される。
 だが、最後の魔王の言葉。それはマグナモンの心に居座り続ける。情報処理機構の全てを蝕むように。
 紅き瞳の輝きは曇り果て、視線は虚空を泳ぐ。この次元の何処も見てはいない。
 もう戻れはしない異次元へと否応なしに旅立つデュークモンが、見かねたように静かに口を開いた。

 「マグナモン――このデュークモンの事はどうにも出来ぬ、死したものと思え。疾く我々の城に戻るがよい。貴殿も、その負傷を放っておくと大事に至るであろう」
 「しかし――」
 「時間を無駄にするでない!」

 余りに激しく、そして突き放すような語調にマグナモンは正気に戻り、ついでたじろいだ。
 胸部から上しかこの次元に残っていない状態のデュークモンは、強い語調に反し、達観したような態度であった。
 自分の運命を受け入れたような。双眸に浮かぶは、諦念の光なのかも知れない。
 黄金鎧の竜は、甲冑の騎士が姿を薄れさせてゆく様子をまんじりと見つめるばかりであった。朋友に対する最後の言葉を探すが、ただ一言以外見つからない。

 「――分かった」

 返事の代わりに、真紅に染め抜かれたマントが一瞬翻ったように見えた。デュークモンを構成するデータ粒子の全てが、異次元へと飲み込まれ終える。
 それと同時にシンプレックス・トランスミッションの薄赤い通路は収縮し、糸の如く細くなり、遂には跡形もなく消え失せてしまった。

 崖に打ち寄せ弾ける白波。そして、束の間の凪。
 再び穏やかな静けさが訪れる。

 マグナモンはただ一人残された。
 デュークモンにはすぐ戻れと言われた。そうするのが正しい事は分かっている。だがその場に立ち尽くし、今し方起こった事を呆然と反芻する。
 全ては茶番。デスモンはデュークモンを異次元に放逐させる為のプログラムの入れ物。
 自分を挑発して勝負をさせたのは、ただの遊び。デュークモンがどの道異次元に葬られる運命ならば、自分を負傷させた方が稼ぎが良いと考えたわけだ。
 つまり、最初から自分達は――デスモンを裏で操る輩の掌上で転がされていた。
 最高位の聖騎士集団、ロイヤルナイツとしての誇りが、その事実を決して認めない。許さない。
 沸々と湧き出てくる電脳核を煮やす感情。マグナモンは吐き捨てた。

 「ふざけやがって……」

 きつく拳を握りしめる。竜爪がたなごころにぎりぎりと食い込み、痛覚を深く刺激するがそんな事は気にも留めない。
 ロードナイトモンに続き、デュークモンまでもが。ロイヤルナイツの席が、立て続けに二つも空座になる事態に陥るなどと。
 デュークモンに限って、古代竜の聖騎士がロイヤルナイツという組織を創始してからの最古参に限って、むざむざと異次元で朽ち果てる訳はない。マグナモンはそう信じたかった――
 ――信じたかったが。相手は非常に用意周到と先程の戦闘から推し量れる。プレデジノームに接続出来るデュークモンを厄介者として遠ざけるのであれば、最後の最後でプレデジノームの力を使い、異次元より帰還出来るデバイスを造れるような余地をデュークモンに残すというへまをやるとは、到底考えられない。
 望みなど、無いに等しいというのか。
 
 「畜生……畜生があ!!!」

 マグナモンの悔恨と瞋恚の叫びが、虚しくその場に轟いた。
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