Matrix-1
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 もしくは、ドルモンは一番大切だった存在を失ったばかりで――無意識に、空いてしまった巨大すぎる穴を埋めてくれる存在を求めているところから、自分とこれから何者にも切りがたく、解きがたい関係を結ぶことになる「テイマー」を、早く得たいと思っているからなのかも知れない。

 幸せを感じている時であっても、ドルモンのデジタルの心はひび割れて、0と1が流れ出してしまいやがて壊れてしまうような疼痛を感じている。
 その姿は極彩色の花のように鮮明に、その存在感は栴檀の香りのように格調高くデジコアの記憶野を支配する。それは自分の親のような存在だった者が――ロードナイトモンが生きていた頃は、心安らぐ表象であったのに、今は違う。思い起こされたならそれは――フラッシュバックに等しい。
 しかし、鬱々と哀しみにくれているだけでは心に悪いだけだ。その悲嘆を綺麗さっぱり忘れ去ってしまいたいなどとは勿論爪の先程も思ってはいないが、ずっと塞ぎ込んで何もしたくないとも思わない。

 もう終わってしまった事に対してこだわり続けうじうじするのは、最も悪かろう事の一つと知るべき――ロードナイトモンに口を酸っぱくする程言って聞かされた、騎士たる者かくあれという事項に数えられる。この場合の騎士とは別に誰そに忠誠を誓い、誰そを守る役目を担った者という意味ではなく、騎士道を心得、それに決して外れる事のない者を指すらしい。ドルモンは、騎士道について「とてもいいひとのすること」という認識しかしていないが。

 何はともあれ、絶対に――振り返ってはいけない。背後にもはや道はない。戻る場所だって――美しく平和なあの空中庭園世界だって――戻る手立てがないのならば、無いのと同じ。
 自分はリアルワールドに送り込まれた。そこの住民となり、これからはデジモンとではなく、人間と生きていくよう宿命づけられているのだ。絶対に、振り返ってはいけない。ドルモンは再び心を決めた。
 ロードナイトモンの言葉の残響はドルモンの情報処理機構に轟き続け、やがて小さくなり消えるだけの木霊とはまるで違う存在として、ドルモンが消えるその時まで留まり続けるのだろう。

 「ごちそうさま〜」

 すっかりお菓子を食べ終わってしまったので、ドルモンは肉眼で汚れが確認出来ない程綺麗な紙皿を器用に両前肢で挟み、近くにあったごみ箱に――中にくしゃくしゃに丸められた紙や冊子が捨てられていた事から、それが使い捨てのものを捨てる容器だと判別した――すとんと落とした。ごみを処理するという習慣は、城で身に付けさせられた。
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