□Matrix-1
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それは無駄である。如何に安全そうに思える場所に隠れていたとしても駄目なのだ。デジモンにしか分からない電脳核が発する0と1で綴られた生体反応の波動は、如何なる障害物であろうと擦り抜けて伝わる。デジタルワールドでならば、高密度の0と1で構成された物体があればそこで波動の伝播を遮る事が可能だ。しかし、此処はリアルワールド。事情はまるで異なる。ドルモンは今、全方位に自分の存在を知らしめようとしているのと同じ状態だ。ロードナイトモンやリリスモンのような強大な力を持つデジモンと違いドルモンの発する波動は微弱なものだが、それでも感覚を研ぎ澄ましよく注意をすれば受信でき、更には発生源を突き止める事とて可能だ。
発見されるのも、時間の問題である。あの黒竜共が此処にドルモンが潜伏している事を突き止めたら、奴らは遠慮や配慮もなくリュウキの家の外壁を破壊して侵入して来るだろう。そうしたら、自分の安住の地もなくなってしまうし、何よりリュウキがどういう反応をするだろうか。
ドルモンはどうしてもそんなのは嫌だった。自分が死んでしまったら――デリートされてしまったら、命を賭して自分を守ってくれたロードナイトモンの努力が無駄になってしまう。だけれども、決してリュウキに悲しい思いをさせたくはなかった。
いや――リュウキを悲しませないだけでは足りない。彼を悲しませず、かつ自分も生き残らなくてはならないのだ。
(リュウキにあまりはしりまわったりしちゃだめっていわれたけど〜……いいつけやぶっちゃう〜。ごめんね〜……)
ドルモンは覚悟を決めた。全身がつりそうになるのを耐え、精一杯体を垂直に伸ばして窓の取っ手に手を掛け――幸い施錠はされていなかった――、がらっと開けた。
そして何の躊躇いもなく一気に――七メートルもの高さから飛び降りる。
ごわっと雪を踏む音を立てて、ドルモンは着地した。
もう震えてはいない。顔を上げ、両眼をきりりとさせ、敵方を確認する。先程よりも高い場所を飛翔しているようだ。だいたいこちらとの距離は家四軒分程かと思われる。そう、決して遠くはないのだ。
まずは、奴らに先回りするように広い場所まで駆け抜け、それまで何とかあの黒竜共に気付かれないようにし――
――それから、倒す。
無謀以外の何でもない話だ。しかし、ドルモンの凛とした黄玉の瞳に、恐怖、疑問――どの翳りもなかった。
身を低く構え、肢に力をぐぐぐと溜め――地を全力で蹴る。その凄まじい勢いに、雪塵がぶわりと吹き上がった。