Matrix-1
32ページ/66ページ

 「おい! あれなんだよ!」
 
 突如背後で大声が上がり、龍輝は一瞬で現実へと引き戻された。
 脚が震えるのを堪えつつ、立ち止まって振り向くと、歩道を歩いていた若い男性が上空を指差して凝視している。その隣を歩いていた連れらしき男性がつられて空を見上げ、同じように驚愕に目を見開き、表情を固まらせている。それは、恐怖にひきつった顔――とも取れた。
 何事かと首を傾げつつ、好奇心から龍輝も空を仰いだ。
 愕然と固まる。

 「何だ……あれ」

 はっきりと声に出す。
 存在を信じられないものが、容認できないものが――今、上空にある。
 鉛色の天に浮き上がった闇のように羽ばたいているのは――二体の悪魔の如き竜。
 異様に細長い腕、標的を切り刻む為だけに存在するように鋭利な爪、そして寒空に誇示するは常軌を逸した巨躯。鮮血を固化させたような四つの眼は禍々しく輝き、何を見ているのか、そもそも何か見えているのかも分からない。ただただ龍輝はぞっとし、寒さ以外の理由で身震いした――血の流れまで凍結しそうだ。
 今日は立て続けに現実離れしたものと遭遇するな――と吃驚しながら、龍輝は足早に立ち去ろうとした。あの異形もおそらくはドルモンと同じく異界からの訪問者。だが、ドルモンとは違い関わり合いを持つのは言うべくもなく危険だろう。あの巨竜に興味がないわけでは決してないが、過ぎたる興味は身を滅ぼす。龍輝は持ち前の沈着ぶりを発揮していた。
 ――が、次の瞬間に双眸が捉えたものが、彼にその場を離れる事を許さなかった。
 
 鉄球。
 二体の邪竜目がけて、鉄球が弾丸の如く飛んでいったのだ。
 冬天を一直線に貫く鈍い光沢を放つ鉄塊。それは竜の腹部を打ち抜かんばかりの勢いだったが、前方に浮遊している個体が気付きざまに真紅の爪を振り下ろすと、いとも簡単に真っ二つに割れた。
 半分に分かたれた鉄塊は重力に身を任せるままに落下してきたが――何とそれは、地上に到着する前に雲散霧消して跡形も無く失せてしまった。
 
 龍輝は阿呆のようにぽかんと口を開けた。信じられない、何がどうなっているのかも――さっぱり分からない。流石の彼も頭が半ば真っ白になったが、取り敢えず何かに導かれるように鉄球の発射源を目で探した。 
 そして――本当に信じられないものを見た。
 交差点の中央に四つの足で仁王立ちし天の異形を見据えるは、紫の体毛に覆われた、大型犬くらいの世に存在し得ないはずの不思議な生物――
 龍輝の脳髄に高圧電流が迸る。

 「ドルモン!?」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ