□Matrix-1
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同時に、たかだかデータが、こんな風に鮮明でリアルな姿と性質を造っているなどとは信じられなかった。
嬉しそうな表情をしたり、涙を流したり、幼い子供の様に喋ったり、疲れた様子を見せたり。幾ら複雑なデータプログラムを造り、ロボットに組み込んだところで、そんな芸当を完璧にやってのける話など聞いたことがない。肉を纏った動物よりも情感豊かな表現が出来るなど。
それに、たかだかデータの存在がより複雑で精巧で、膨大で時に精神を圧迫するデータの森羅よりも圧倒的な「現実」に干渉できるのだろうか。お菓子を美味しそうに食べたり、地面を爪で抉り出したり。
(――有り得ない、こんな事。訳が分からない)
龍輝は小さく息を吐いた。冷気でそれが煙の様に白く流れた。
何もかもが有り得ない。情報処理と合理的解釈が、全く追いつかない。思ったよりも、うんと大変な事態になってしまったのだ。ドルモンを秘密のペットとして部屋に住まわせるだけのはずだったのに、ともすれば自分の命すら危うくなっているではないか。
しかも、その自分はテイマーだかという存在だときた。その証拠として、奇妙な装置を握らされている。
何もかもが有り得ない。だが、残された選択肢は一つしかない。受け入れる以外にない。これは現実以外の何物でもない。夢から醒めるのを待つことは出来ない。
現にドルモンが危機に晒され、次いで自分も危機に晒されているこの状況から、逃げ出せる事など有り得ない。
ならば、もはや余計な事を考えず、立ち向かうしかない。
龍輝は自身の義務を確認するように、自身に言い聞かせるように――はっきりと口に出した。
「ドルモン――あいつを何とかするぞ」
紫の毛並みの小動物はしばし静止して目をぱちくりさせたが、やがて破顔すると再び楽しそうに小躍りし始めた。
電脳世界の小動物――ドルモンは、然りと首を縦に振り、力強く返事をする。
「うん〜!」
突如、カメラのシャッターを切るような音が高らかに鳴り、デバイスのディスプレイに唐突に白い文字列が表示された。龍輝の双眸がそれを映し取る。
『Name - Devidramon
Level - Adult
Type - Evil Dramon
Attribute - Virus』
(これは……あいつの、データ?)
瞬時に、彼の思考はデータ処理然とした無機質なものに切り替えられる。
あの悪魔然とした竜の詳細をこのデバイスが知らせてくれているのだろう。あれがデビドラモンという名前で、禍々しい容貌の通り邪竜であるという事、そしてウィルスの権化である事は分かった。アダルト、つまり大人である――というのだけはどういう事かよく解らない。
龍輝がその表示データを見終わり、記憶として保存し終えると直ぐさま、見計らった様に画面が今度は別の文字列を表示した。
『Available
- Vaccine Modify ver.1
- Virus Modify ver.1 』
(ワクチン? ウィルス?)
あの黒竜――デビドラモンのデータらしきものが映った時、「ウィルス」という表記があった。それと関係しているのだろうか。龍輝は憶測する。
幸い英語が結構分かるので、現れた単語の意味を理解する事が出来た。この場合は――ワクチン化ver.1と、ウィルス化ver.1が、使用可能ということらしい。これが、デビドラモンを倒す布石となるのだろうか。