Matrix-1
45ページ/66ページ

 ダークエリアの貴公子は自嘲気味に口を歪めた。
 空間移動術のみならず、次元を擾乱させる方法がある。それは、そういうシステムを使用して移動する場合だ。
 局所的なトランスミッションシステムから、長距離移動を一瞬で可能にするそれまで。更には――次元世界を超えるものまで含まれる。

 (アクセスポイントから、リアルワールドへ――)

 未だその所在の殆どは濃霧の中に閉ざされた、二世界の中継地点、アクセスポイント。万が一、そこを通って異なる次元世界――リアルワールドにその究極体デジモンが到達したのだとしたら。
 そこまで想像を膨らませて、アスタモンは突然現実的な思いに引き摺り下ろされた。

 「いや、まさか。妄想も程々にしないとな」

 はっきりと独語すると、貴公子はくくっとくぐもった短い笑い声を上げた。こういう笑い方が彼の常らしい。

 (そう言えば、ロードナイトモンとやらの匿っていたデジモンも、無事にリアルワールドに逃げおおせたのではなかったかな)

 その姿を実際に見たことはないが、名前はドルモンとかいう成長期デジモンであるらしいというのをアスタモンは知っていた。どうやら秘めた可能性を全て発揮すれば、七大魔王数体を同時に相手取り尚且つ勝利を収める力を発揮できるそうだが、流石に誇張された噂だろうと思う。

 デジタルワールドの守護騎士ロイヤルナイツとあろう者が、総力を挙げてたかだか成長期でいつ究極体に進化するかも分からないデジモンに全てを賭けるような真似をするなど、馬鹿馬鹿しい事この上ないというのが率直な感想だ。実際にロイヤルナイツの席を一つ犠牲にした――その事に、何の価値があるのか。甚だしく疑問である。

 (まあ今頃は、デビドラモンの手によってデータの屑に成り果てているだろうがな。秘めた可能性とやらも含めて)

 自分の主――リリスモンが特定した秘するリアルワールドへの門、アクセスポイント。そこから万が一の可能性というものを憂慮して、ドルモンを抹殺する為に差し向けた刺客、「複眼の悪魔」ことデビドラモン。そのダークエリアでも屈指の邪悪さと凶暴性に、成長期如きが太刀打ち出来るはずもない。

 ロイヤルナイツの努力は、いよいよ徒労に終わるのだ――。アスタモンは、残酷な喜悦に笑みをより一層深めた。ドルモンとやらなど、脅威でも何でもなかった。鼠の巨大な影のようなものだ。寧ろ、残存しているロイヤルナイツの邪魔が入る方が余程警戒すべき事項であろう、と。
 ただ、命と引き換えにリリスモンを長期の再起不能状態に陥らせた薔薇輝石の騎士王の功績は、評価してやるつもりだ。

 ふう、ともう一つアスタモンは溜息を吐いた。
 今の所、自分の出番というものは無いらしい。あれこれと想像の翼を広げるのも良いが、そうした所で現実世界はどうにもならない。

 「さて、少しばかり暇を潰しに行く事にしよう」

 ダークエリアの貴公子は愛用の銃を携えてゆらりと立ち上がり、前方の扉より颯爽と出て行った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ