Matrix-1
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 そうミネルヴァモンが言い終えた瞬間、視界から鳥人の姿が丸っきり消え失せた。
 事態の急変に、彼女は剣を構えたまま静止させる。
 出し抜けに、感覚センサーを蝕む強烈な冷気。
 超速で飛び回る原子は時を止められたように、動きを完全に静止させる。満ちる非情なる静寂。大気は張り巡らされた緊張の糸ごと凍り付き、ミネルヴァモンの周囲空間は大紅蓮地獄に一変する。

 ――あいつ、反論出来ないからって強硬手段に訴えるとか、反則でしょ!

 ミネルヴァモンは怒りと寒さの両要因にぎりぎりと歯を食いしばり、全身の震えと格闘した。0と1で出来たデジタルな存在でさえこうであるのに、血肉を纏いし生物ならば、一瞬にして血塗れの氷華と化すだろう。
 一秒後、消えたと思った鳥人が、実は低姿勢で自分の懐に潜り込んできたのだと分かった時には、もう遅かった。
 悔しすぎるが、これにて幕引きのようだ。
 白く立ち上る絶対零度の冷気を纏った長剣が一閃、ミネルヴァモンの剥き出しになった両脚を斬り上げる。

 「“フェンリルソード”!!!」
 「うわああー!!!」

 ミネルヴァモンは後方へ跳んだが完全に刃の切っ先から逃れる事は叶わず、どんと尻餅をついてへたり込んでしまった。
 相手方にもデリートの意思はないため、剣先が脚を掠めた程度に収まったが、それでも良く研がれたナイフで刺すような痛み――熱さが奔る。過ぎた冷たさは、転じて熱さとなるものだ。
 それにしても、自分は純粋に物理的攻撃のみで戦っているのに、せこすぎる。ミネルヴァモンは凍傷になって赤くなっている部分を押さえながら、足をばたつかせて抗議した。

 「反則! 最低! 下劣! 鬼畜! 外道! くたばれ!」
 「技に反則も何もありません。二度も言わせないで下さい。強力な技を持っていないあなたが悪いんですよ」

 わめき散らすミネルヴァモンに対し、純白の鳥戦士は、鞘に剣を収めながらしれっと答えた。長剣が休まった状態になると共に、圧倒的な冷気も瞬く間に失せる。 
 彼の口元にはうっすらと意地の悪い笑みが浮かべられていた。少女は兜の下から、それだけで相手を殺傷できそうな程鋭い目線で憎たらしい純白の鳥人を射抜き、捨て台詞を吐く。

 「ふ、ふん。あたしだって、建物に配慮して、技出すの控えてんだからね……あたしが必殺技出したらあんた調子に乗っていられなくなるんだからね!」

 その言葉が終わるのとほぼ同時に、ミネルヴァモンの背後にあるドアが軽くノックされ、がちゃりと開いた。
 入ってきたのは、すらりとした長躯に灰色のスーツとスラックスを纏い、黒いネクタイをしっかり締めた青年だ。艶のある黒髪を丁寧に撫でつけており、精悍な顔付きからは若さを感じさせる。
 二体のデジモンの視線が彼に集中する。

 「佐伯さん!」

 蒼い三つ編みの少女は振り向いて訪問者の姿を認めるなり、しゃんと立ち上がって直立不動の姿勢を取った。正直膝頭の少し上がひびらくので結構辛いが、この男の前でみっともない格好を見せるのは無礼に当たるという信条があるのだ。

 「二人とも、また遊んでいたのか。なんだかんだ言って仲がいいな」

 済ました様子で悠然と立つ鳥人の剣士、短躯を精一杯伸ばして肩肘を張っている少女、双方を眺めやると、スーツの男――佐伯は、愉快とばかりに口元を緩ませた。尤も、現場の様子を見ていたのなら、あれが遊びだったなどとは口が裂けても言えないだろう。
 佐伯の台詞が無神経だ、からかうな、気に食わない――と食ってかかったのは凶暴な小動物、ミネルヴァモンだ。

 「あ、遊んでないし! れっきとした訓練! しかも正々堂々とした勝負……のつもり! あたしはね!」
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