Matrix-1
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 「はっ」
 「君は実質ロイヤルナイツの一員のようなものであるし、デジタルワールドと直接連絡を取れている立場でもある。更には内状を最も良く理解している。私は君が使者として最適であろうと思う」
 「光栄の至り」

 純白の鳥戦士――ヴァルキリモンは、右手を体にぴたりとくっつけ、右脚を引き、左手を水平に差し出す姿勢を取った。それをじっとりとした視線で見やると、ふん、とミネルヴァモンは静かに鼻を鳴らし内心毒づく。格好付けやがって。
 その時彼女は一つの素朴とも言える疑問に行き当たったので、素直に口にした。

 「佐伯さん、ヴァルキリモンを転送トランスミットするのはいいとしてさ。間違って一般ピープルに見られたらまずくない? デジモンの存在って、佐伯さんとか一部の人間除いてそれ以外には知られちゃ色々面倒なんじゃないの?」

 黒髪の青年は、またしても間を置かずに回答して見せる。

 「ならば、半デジタル状態で転送トランスミットすればいい。視覚には捕らえられない状態でありながら、移動は自由に出来る幽霊の如き状態だ。周囲の様子を窺いながら、リアライズするタイミングを計ればいい」
 「そんな事ができるの!?」
 「勿論だ。既に道具は用意してある」

 目庇の下で瞠目するミネルヴァモンをよそに、佐伯はスーツの胸ポケットに手を入れ、潜ませていたものを取り出した。小型の細長く白い直方体の端末で、USBメモリに大変良く似通っている。彼が親指を表面に滑らせると、やはりUSBメモリの様にカバーがスライドしてコネクタ部分の金属が剥き出しになった。

 「ヴァルキリモン、使い方は分かるだろうが念のためまた説明しておこう。上のボタンでリアライズ、中央のボタンであちら側に移動、下のボタンで帰還だ。反対側の側面にあるつまみのスライドで、リアライズを半リアライズに切り替えられる。くれぐれも金属部分を自分に向けて使うようにな」
 「問題ありません」

 ヴァルキリモンは差し出された端末を、左手の真白い指でそっと掴み優雅に一礼した。

 「フレイヤ、お前は置いていくからね」

 純白の鳥人が顔を右に向け、彼の肩を止まり木にする黄金の鳥にそう呼びかけると、鳥は清澄な声で囀りながらぱたぱたと飛んでゆき、蛇を模した兜の上にちょこんと乗った。

 「ふーんだ」

 ミネルヴァモンがわざとらしくむくれ、大剣を持ち上げて切っ先で頭上の鳥を突っ突いてやると、ヴァルキリモンは怒るでもなく、口元に意地の悪そうな笑みをうっすらと浮かべた。
 だがその表情も一瞬見せただけの事、彼は立ち所に業務用の真顔を繕う。例の右拳を左胸に押し当てる姿勢を取ると、佐伯に向かい頭を下げた。
 
 「それでは、行って参ります」
 「宜しく頼んだ」

 純白の鳥人は肯んじると、端末のコネクタ部分を自分の胸に向け、側面中央のボタンを押す。
 すると、金属部分の奥――端末の深部より、一直線に淡く薄光する光帯が放出された。それは目を凝らせば0と1の累々とした連なりである事が分かる。
 数列の光帯がヴァルキリモンの胸部を貫き透過する。彼の純白の長身痩躯は、みるみるうちに0と1の因子に分解されてゆき、細氷の如く燦めきながらやがて影も残さず消失してしまった。
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