Matrix-1
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 ドアの近くに姿を見せ始めたのは――煌めく細氷の粒子群。
 その量と密度を指数関数的に増大させていくと、やがて十重二十重に螺旋を描き出した。その内部に生まれるは薄光を放つ空間。蛇に巻き付かれた卵の様な。 
 龍輝が固唾を呑んで刮目していると、やがて薄光の卵殻中央に微少な亀裂が生じ、見る間に全体へ足を広げていった。
 そうして防護膜も細氷の蛇も粉々に砕け跡形も無くなり、その中からさながら雛の如く生まれ出でたものは。
 
 純白の鳥人。
 非常に高さのある、均整の取れた体躯。新雪の如くに清浄な羽毛を持つ鳥、それが人間の戦士の姿を取って現れたような。
 腰から下げた一振りの長剣、中身が一杯に詰まった矢筒、純銀の胸当て、篭手。大天使ミカエルの様に侵しがたく崇高な雰囲気を纏っている。しゃがんでいる状態の龍輝にとっては、その位非常に神々しく圧倒的であった。
 
(これも……デジモン、なんだよな……?)

 超常現象に対する耐性はこの一、二時間で相当高まったものと思われたが、それでも龍輝は目を見開き硬直しないわけにはいかなかった。デジモンというと獣染みたものしか今の所知らない――たったの二体ではあるが――彼にとって、眼前の光景は異質に過ぎる。
 殺意はなさそうであるし、敵でもなさそうである。もし敵だった場合、万が一にでも勝てる気がしない――というか生き残れる気もしない。しかし――何故こんな所にデジモンがいる?
 考えても仕方無いので、取り敢えず、情報収集の一環としてデジヴァイスに相手のデータを採ってもらう。デジモンノートを引っ張ってくる余裕がないので、ひとまずは測定結果を見るだけだ。

 『Name - Valkirmon
  Level - Ultimate
  Type - Warrior
  Attribute - Free』

 ディスプレイは無感情に語る。だがそのセンテンスは龍輝は愕然とさせ、次いで戦慄させた。

 (アルティメット……究極!? 子供と大人だけじゃないのか……? しかも属性はフリーって……)

 子供、大人という生温い成長区分を通り越して、現れたのは究極の域に達した者。その上、三属性の枠組みから自由になっている。既成観念でごりごりに凝り固まる前とはいえ、その冷然としたデータには軽く身震いさせられる程の力があった。
 相手が攻撃してこない以上、今後も攻撃されない事が期待されるのでそれに関しては安心だが。暫くの間、龍輝は本当にどうしたらいいのか分からず、ディスプレイに視線を釘付けたまま動けず、声も出せないでいた。

 「その……貴方は一体、どちら様ですか……?」

 やっとの事で絞り出せたのはややナンセンスな問い掛けだった。相手の鳥人はそれに対し、微かに口元を緩めたかのように見えた。
 そして次の瞬間龍輝が最も驚いた事に、彼は――恐らくヴァルキリモンというのであろうデジモンは――、流麗な動作で跪いてみせたのだ。騎士が、主君に対して忠誠心を示す時のように。そして、その唇から滑り出された言葉にもまた、驚かされる羽目になった。

 「ドルモン、そしてそのテイマー殿。初めまして。わたしはヴァルキリモンと申します。改めて、お騒がせしてしまったようで申し訳ございません」
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