Matrix-2
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 これまた随分単純な方法であるが、それが最も効果的であろうことは明らかだった。デュークモンはこの粘稠な空間に足を取られ思うように動く事が叶わぬ反面、ダスクモンは幽鬼の如く瞬間移動をする事が可能である。加え両腕の剣は斬撃に特化しているように見える――つまり敵の足を斬り落とす事が容易そうである。デュークモンは事実“派手な技”を持っているので、彼の役割はおのずと動きが鈍くなった敵に重たい一撃をお見舞いしてやる事となる。

 「成る程、支持致す。貴殿の力に大いに期待を掛けようではないか」

 デュークモンは素直に心の内を言葉で表した。
 ふと彼はダスクモンは完全体なのか、それとも究極体なのか気になったが、それよりも気になった事があったので彼は尋ねてみた。

 「貴殿は此処から脱出する事が叶ったなら、どうするつもりであろうか?」

 ダスクモンは何処か遠い目をして答えた。

 「オレはとある奴を探している。そいつにはオレ自身勿論遭ったことなぞないが、どうあってもそいつの存在を抹消しろと、オレの中でやかましく騒ぎ立てる奴がいるのでな」

 何者かの怨嗟が精神から剥がれ落ち、此処に漂着し、ダスクモンを形成するデータの一端となったのだろうか。リアルワールドでもデジタルワールドでも、新たに生まれる生命自身は何も自身に負うところはない。迷惑極まりない話どころか、可哀想であるとさえデュークモンは感じた。

 「大人しくそいつを始末してやれば、オレの中の警報も鳴り止むのだとしたらそうする価値は十二分にある。もっとも、顔を合わせた事のないそいつには恨みもないだろうし、そいつもオレの事を知っているはずがないがな」
 
 見知らぬ奴におよそ真っ当とは言えないような理由で命を狙われる者にとっても、十分迷惑な話である。しかし、デュークモンには今そのような事を考えるのは野暮だと思われた。

 「そやつを始末した後は、どうするのだ?」

 「さあな、後で考える。どうせ直ぐにそいつが見つかるわけはないからな。始末できなかったときには返り討ちに遭って死ぬのも悪くはない。どちらにせよオレはうるさいアルゴリズムから解放されるしな」

 ダスクモンにとっては、まずは呪縛から己を解き放つ事が生きる目的なのだと言えよう。まずは己の生まれた場所、次にあずかり知らぬまま身に受けてしまった呪わしいアルゴリズムを。

 (呪縛……か)

 ロイヤルナイツ全体に掛けられた、亡霊の如きそれ。主から見放されても尚、自分の存在価値を騎士という地位にのみしか見出せぬ哀れな者達。デュークモンもその一人であるのは言わずもがなであった。ダスクモンとは決定的に違うのは、それを呪縛だと理解していながら、それに掛かっている事に甘んじている――寧ろそれを良しとしている所だ。

 「お前は? 自分をこんな目に遭わせた奴に復讐……などしそうには見えんな」

 ぼんやりとしていると、ダスクモンが話しかけてきたのでデュークモンは我に返った。
 
 「ああ……生憎、そやつはもう死んでおるのだ」

 「ふっ、そうなのか。残念だな」

 ダスクモンは可笑しそうに言った。だがそれも一瞬のこと、直ぐに真剣な雰囲気をよろう。

 「兎にも角にも、全ては脱出してからの話だ。早速だが、オレは大蜘蛛の化け物がどの方向にいるのか感知できる。後は――分かるな?」

 そう問い掛けられ、デュークモンは即答した。

 「無論。貴殿に付いていく事としよう」

 今や、デュークモンの命運はダスクモンが握っているようなものだ。彼を信用しないと、何も始まらない。
 そうしてデュークモンは、このどろどろとした闇の中を再び突き進んで行く事となった。今度は光へ向かってだ――何しろ、水先案内人がいるのだから。
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