Matrix-2
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 巨大、なんてものではない。そんな形容詞は生温いだろう。デュークモンは「竜帝エグザモンに比肩する体躯」であると思った。エグザモンとはロイヤルナイツの一体にしてデジタルワールド最大級のデジモンであり、途方もないそのデータ質量を持つその真の姿を普段現す事が禁じられている程の重量級である。
 一瞬、果たしてあれを倒し得るのかという疑問が脳裏をよぎったが、可能不可能の問題ではない――倒さねば「ならない」のだ。倒して、怪物が今覆い被さっている超次元のデータ通路に入り込まねばならない。

 不意に、ぎょろりと怪物の瞳孔が二体の方に向けられた。
 見つかったのだ。

 「うっ」

 思わずデュークモンの喉から声が漏れる。
 二体の背筋が凍った。発見されずに接近する事など不可能――それはダスクモンもデュークモンも無論分かっていた。しかし、あの視線は本能的な恐怖を呼び起こし、それから逃れられなかったのだ――ネットセキュリティの守護騎士・ロイヤルナイツに名を列し、それに相応しく非常に肝の据わったデュークモンでさえ。
 遠巻きに怪物を見て平然としていたダスクモンとて例外でない。彼の体組織がこの空間を満たす悪逆なデータである点で怪物と同類であるとしても、組成量の桁が違いすぎる。

 そして、「眼球」という存在をこれほどまでに不快に感じたことは、デュークモンには未だかつてなかった。
 少なくとも自分の記憶がある限りでは、一度もない。デスモンの顔に中心にただ一つ付いた雌黄の巨眼でさえ、これに比すると可愛らしいものだ。
 ダスクモンの鎧に埋め込まれた数多くのそれでさえ――確かに瞳孔が血管が透けたように赤く、剥き出しになっている眼球がせわしなくぎょろつく様子は気味が悪くないといったら嘘になるが――およそあの怪物のものに比べると何でもない。

 怪物の目は濁った黄緑色であった。その質感といい色といい、細菌を喰らった白血球の死骸か、白蝶の幼虫を丸めて眼窩に押し込んだもののようだ。およそガラス体と水晶体が膜の中に収まっているもののようには見えない。

 しかし嫌悪感に足を取られてはならない。ダスクモンは早速起こすべき行動について厚かましくもデュークモンに指示を出す。

 「デュークモン、オレはあいつの肢を斬り落とす。お前は何とか奴の腹の下に――っ!」
 
 怯んだダスクモンは言葉を続けられなかった。
 だしぬけに、怪物の顎が上下にがっと開いたのだ。
 切り立った連峰の如き白い歯列が現れる。黒く塗りつぶされた空間や、己の体表面と対比を成していて鮮烈だ。次いでその奥からのぞいたのは舌だ。今度ははっきりその様相が見える――厚い肉質のもので、唾液にまみれている。獲物を咀嚼するのを待ちわびているように、或いは相手を挑発しているかのように、でろでろとせわしなく動いている。
 そして次に現れたのは――深淵の如き喉だ。
 しかし見せていたのは闇ではなかった。白く輝くエネルギーの集束だ。
 
 超高温ゆえに白く見えている、太陽コロナの如く――デュークモンは危険を悟り、すぐさま大盾の陰に身を隠せるよう思うように動かぬ体を動かす。
 しかし怪物が動作が完了するのを待ってくれるわけはなかった。
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