Matrix-2
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 (ならば、進化するか――?)

 一瞬最終手段が選択肢として脳裏を過ぎったが、それこそ一番やってはいけないと、彼は首を振ってアイディアを思考から締め出した。
 あんな理性無きおぞましい姿は断じて他者に見せられない。あの姿を現すとしたら、真に事態が逼迫した時――デュークモンがデリートされてしまった後だ。己のもう一つの姿は、それ程までに醜悪で他者に見られたら最後、プライドが千々に切り刻まれ地の底に失墜する。
 
 この時、ダスクモンは自分が迂闊であることに気付いてはいなかった。そう――敵を前にして、考えに耽るという迂闊さに。
 
 「ダスクモン、そこから離れよ!」

 彼を我に返らせたのは背後からのデュークモンの鋭い一喝であった。

 「!」

 気が付くと、眼前にあったのはでかでかと開けられた怪物の口だったのだ。まずい、あの炎が来る――と身構え、ダスクモンは瞬間移動に備える――
 ――が、それよりも相手の方が早かった。寧ろ、ダスクモンが遅すぎたのだ。

 「ぐおっ……!?」

 鋭い歯列が真紅の刀身を捕らえた。

 「ダスクモン!」

 デュークモンが思わず声を上げる。
 一気に冷静さを失うダスクモン。捕らえられたのは眼球に突き立てた方ではない剣であった。片腕に意識と力を集中させていたために、そちらが留守になってしまったのだ。
 得意の瞬間移動――“ゴーストムーブ”は、障害物を擦り抜けることができない。障害物に囲まれた時と、このように体の一部を掴まれた時には弱くなってしまう。故に、この状況から抜け出すには力業を通す以外ない。

 「くうっ、離せ……!」

 何とか剣を怪物の大口から引き抜こうとするも、その努力も虚しく、バキン、と派手な破砕音を立てて剣は半ばから折れた。破片が花弁のように散る。
 怪物は、信じられない事に――今噛みきった金属の塊をガリガリと噛み砕くと、そのまま喉の奥へと流し込んだのだ。ごくりと生々しい嚥下音が鳴る。
 
 「馬鹿な……オレの“ブルートエボルツィオン”が……」

 ダスクモンは呆然と呟いた。剣は自分の手も同然。それが今無残にも折られ、相手の腹の足しとなったのだ。これほど無念で苦しいことはあるだろうか。
 デュークモンにとっても、武器が失われるのは大きな問題だった。譬え相手の超硬度を誇る体表を貫き通せないとしても、剣が一本あるのとないのとでは大きな違いだ。
 まだ一本の腕は残っているが、その事実が喪失という事実を幾らも緩和するわけはなかった。ひとまず、己の二の轍を踏まないためにデュークモンの方へと移動する。
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