Matrix-2
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 しかし、此処で首をもたげてくるものがある。「騎士の誇り」という奴だ。
 誇りに傷を付けられて、泣き寝入りする騎士など居ない。居たとしたら、そいつは騎士ではなくただの腰抜けだ。騎士ならば、決闘で相手を殺して名誉を回復する。他人に肩代わりをしてもらうなど、言語道断、恥だ。死んだ方がいい。
 聖騎士という存在に深く根を下ろしているこれは非常に面倒なものだ。功利主義という現実性を重んじながら、誇りという精神性に従わなければならない。私利を優先すれば独断と誹られ、滅私奉公すれば誇りを棄てたとなじられる。ならば自分はどうあればいいのか? ――分からなくなる。

 そういう時は決まって思うのだ。自分はもう、イグドラシルより――主より見放された身であり、居所を失い、行動原理も失ってしまった身ではないのかと。要はもう「騎士ではない」。譬え騎士道から外れようとも構わないし、功利主義に従わなくともそれは個人の思想問題なのでどうだっていい話だ。
 熟考せずともそれは自明な話なのに、依然としてロイヤルナイツの聖騎士達は――いや、聖騎士「だった」者達は――イグドラシルの命や加護無しでも変わりなくデジタルワールドの守護騎士としての活動を続けている。一般的に考えれば、それは己無くして、誰がデジタルワールドの安寧を守るのだ……という強い意志の力に他ならないだろう。しかし、マグナモンはこうも感じていた。「まるで全員、呪いに掛かっている様だ」と。勿論――自分も含めて。
 ちょうどその時だった。
 
 「――!」

 マグナモンの波動感知センサーが、電脳核の波動を捉えた。
 何者かが近くに来ている――と言うと大袈裟だが、近くに他のロイヤルナイツが来ているのだろう。センサーが感知したのは喩えるならばそよ風で髪がなびいた程度の微弱なものだが、近距離に対象が居るのは間違いない――というのも、ロイヤルナイツは全員自分の電脳核の波動を最小限に抑えられるのだ。この波動は、戦闘の際最も物を言う。強烈な波動は、敏感な相手に自分の位置をともすれば正確に知らしめてしまう事になるからである。

 やがてマグナモンの眼下の空間が陽炎の如く揺らぎ、侵入者の姿を露わにした。
 竜人だ。
 威風堂々たる体躯には透明感溢れる青碧の甲冑が纏われており、背には彼の身長と同程度の硬質の大翼が二枚生える。両手首にはめられた篭手のようなブレスレット、胸部を装飾するV字型の金属が印象深い。
 マグナモンは体の力を抜いた。

 「――アルフォースか」

 「マグナモン。容態はどうだ」

 黄金鎧の竜戦士は、心の中で訂正を入れた――「ロイヤルナイツは皆、呪縛されている」という私見についてだ。アルフォース――正しくはアルフォースブイドラモン、彼は別である。
 元々イグドラシルの命に従うこともそこそこに独断行動を幾度となく繰り返していたアルフォースブイドラモンは、イグドラシルによるロイヤルナイツの「解雇」の後も一切変わる事が無かった数少ない一人である。

 「かなりいい。あと半日もすれば全快だろうな」
 「そうか、そいつは良かった」

 青碧の竜人は、そう言って微笑んだようだった。マグナモンの中では、デュークモンの次に気が優しいと位置づけられている程柔和な聖騎士である――といっても、他のロイヤルナイツは我が強く棘のある連中ばかりである、という単純な事情があったりする。

 「ところでマグナモン、少しばかり話に引き留めてもいいか?」
 
 当のマグナモンにとっては有り難い話だった。こんな空間に一人で居続けたら、身体の方は治癒されても精神がおかしくなりそうだ。
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