□Matrix-2
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運良く槍の軌道から外れたのだろう。仕損じたことを、デュークモンは心の片隅で悔いた。
だがそれとて一瞬のこと。
今度は、一匹も漏らさず仕留める――眼光鋭く、槍を非情に振るう。
しかし、それは虚空を薙いだだけであった。
腰を浮かせたままの姿勢で、双眸を僅かに狭める。
何が起こったというのか。
デュークモンはそれを確かめようと、凝然として目下の空間を見つめる。
彼は瞠目した。
海月は、躯を溶け崩れさせていた。
半透膜のようなそれは、朧かに輪郭を保っているものの、外界との隔てを殆ど失っていた。中身は目まぐるしく0と1が遊泳するデータの激流と化し、そして。
肥大していた。周囲の空間さえ吸い尽くすように膨れあがり、体積を何倍にも増して。
やがて、ゆらゆらとはためきながら、端が千切れた。そして別の端も、更に別の端も。その乖離した半透明な片鱗から、プラナリアの如くに、原型を取り戻してゆく。
一匹、また一匹。中央に埋め込まれた単眼が開き、少しずつ血走った色に目覚める。
やけを起こしたようにデュークモンが槍先で払ってみたが、やはり空を虚しく切っただけであった。焦燥感と吃驚との捻れに、電脳核デジコアの深奥が不穏な熱を帯びる。
(このようなことがあり得るのか――?)
これら異形は、自らを半ばただのデータの集合と化して、消滅の危機から逃れたのだ。
少なくとも幼年期に、できるような真似ではない。
しかも、分裂しているのか。或いは自身をコピーしているのか。それならば、何処にそうするだけのデータが転がっているというのか。
ちかりと、デュークモンの脳裏に閃いたものがあった。
(こやつらと共に、フォビドゥンデータとやらが流入してきたな)
それならば、そこかしこに汚泥のように忌まわしいデータ群が浮遊しているということになる。電脳核のセンサーにはそうした存在が一切引っ掛からないが、アクセスポイントを中継するにあたって、分解されて意味を失った可能性は否めない。
仮定が正しいのならば、事態は相当面倒だ。
しかし、まずは女性に携帯電話を返し、逃がすことが先決である。
デュークモンは何の躊躇いもなく聖楯イージスをその場に放り投げると、雪に埋もれている携帯電話をつと拾いに行った。クリアレッドのそれは、せいぜいデュークモンの指一本分しかなかったので、破損させないように慎重につまみ上げる。
少し衝撃を与えたところで壊れてしまうような、甲斐性なしではないことを確認すると、女性のもとに、デュークモンは携帯電話を投げて寄こした。
「ご婦人、乱暴な真似をお許しになられよ!」
謝罪の言葉を言い終わらないうちに、携帯電話は一跳ねし、雪のクッションに埋まった。女性はおずおずとそれを拾い上げる。淡い陽光を受けて艶めくクリアレッドのそれと純白の騎士の背中を交互に見つつ、震える声でいらえた。
「あ……ありがとうございます」
「礼には及ばぬ。お怪我はないか? お立ちになれるか?」
「だ、大丈夫、です……」
「それは何より」