□Matrix-2
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思いがけず肯定的な発言に、ヴァルキリモンは少なからず当惑した。
「――と仰いますのは?」
「現状を吟味してみれば、我々にとっては利点しかないのだ。専ら、このデュークモンの動きを追跡し、亡き者にせんと目論むのは――敵の方であろう。丁度デスモンがそうであったようにな。このデュークモンを不穏分子として注視する意図を持っているのでもない限り、我々の味方が動向を逐一監視するのに労力を割いたりはせぬはずだ」
「つまり、デュークモン様の情報がデータベースから抹消されることによって、不利益を被るであろう対象は、デュークモン様の動向を把握しておきたい敵でしかない、と」
「左様。大方それで正しいのではなかろうか」
「成る程……そういった考えはありませんでした」
聖騎士集団に対して、あたかも融通が利かず、奇策の一つも弄しないような堅苦しい印象を抱いていたが、その謬見は修正されねばならないようだ。ヴァルキリモンは押し黙って内省した。
そうした彼の胸中を見抜いてか、デュークモンが宥めるように言い足した。
「うむ、普通の神経ならばやらぬこと。然れど、我々には割合搦め手を好む者がいるのでな」
それが一体何者を指した言葉なのか、ヴァルキリモンには皆目見当も付かなかった。しかし、デュークモンを見やるに、思い当たる数名の候補を密やかに数え上げているようであった。
「いえ……しかし、報告をしたのはドゥフトモン様です。これがドゥフトモン様の仕業かどうかまでは分かりかねますが、いくら何でも、事の次第について説明はされるのではないでしょうか」
「当人と口裏を合わせているのであろう。我々が今し方推測したことが的を射ているにせよ、当人が何も語らぬのであれば、それは尚も単なる推測に過ぎぬ。よそに話して聞かせた所で情報漏洩には成り得ぬからな。それはさておき、ヴァルキリモン――」
「はっ」
名を呼ばれた鳥人はしゃんと背筋を伸ばし直し、右拳を左の胸に押し当てる姿勢を取った。改めて、聖騎士の補佐たる者としての立場を、敬礼を以て明示せしめる。
「これは、如何なる状況なのか」
ヴァルキリモンが、佐伯から説明を受けた通りに話す。
「アクセスポイントを起点として、何者かがデジタルとリアルの境界を穿孔しているようです。その実態及び目的は正確に把握出来かねますが……膨大なデータ量で構成された生命体であることは間違いありません」
――膨大なデータ量で構成された生命体。
デュークモンの脳裏を、粘稠な闇に覆い被さる、巨大な蜘蛛のおぞましい姿がよぎった。
あまり思い起こしたくないそれに、彼の黄玉の瞳に翳りが差す。やはり、あれはあの時ダスクモン共々黙って見逃してくれたわけではなかったのだ。
そして、空間が穿孔されているのではないか、という嫌な予感は当たっていた。
「サー・佐伯が、補修作業にあたってくれています。それが済むまでの間は、どうしても流入してくるあのアンノウンを倒し続けなければなりません。今現在は落ち着いているようですが、補修が完了するまでは警戒を解けません」
「不毛なことこの上ないが……やむを得ぬか」
不本意そうにグラムの先端を地面から持ち上げるデュークモンであったが、ヴァルキリモンが手を下に降ろすような動作でそれを止めた。
そして、決定的な一言を投げかけた。
「いいえ、此処は一つ――ドルモンのテイマー殿に任せてみましょう」
デュークモンの瞳孔が拡大する。唐突に話に上ったその言葉はあまりに重大で、彼が面食らうには充分だった。